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Lifriend-8

「何かあったっしょ。片岡クンと」
片岡と合流した場所で別れた。片岡の死地の近くだ。
「ぼ〜っとしすぎだし。アンタらなんかぎこちないし」
ベンチに座っていれば、現実逃避を許さない相手が鉄柵に肘を掛け、背を預け空を仰ぐ。
「そう?上手く話してたと思うけどな」
「上手くって何だよ。また余計なコトか?」
 無難な返しをしたつもりで考えず口にしていたことを指摘され口元を押さえてしまう。
「初音くん、もしかしてまどかちゃんのこと気にするの、片岡クンとのこと気にしてたから?」
「はぁ?違ぇよ。自惚れんな。なんだろうな、何か…まどかを見た時の感覚を知ってるっつーか。似てる?同じ?…デジャヴとかいうやつ?」
 初音にも自覚のない何か。忘れたと言っていたことを思い出せているのだろうか。
「話逸らすなよ。あれか、コクられたカンジ?」
 愉快そうに語尾が上がっている。嘘を吐く気も誤魔化す気もなかった。説明をどうしようか、という沈黙で初音はすぐに真剣な面持ちへと変わる。
「マジか」
「すごくイイ子なのに。なんで私に…泣かせたくないのに。悲しんでほしくなかった。傷付けたくなかった」
「断ったか、やっぱ。そう思うなら…なんでさ、あと2日しか…」
 見透かしたことを言うが、肝心なところまでは察せないようだ。
「他に好きな人がいるから。それに片岡くんに向けてるのはそういうのじゃないし」
「でも、アンタの好きな人って」
「死んだね。分かってるんでしょ。過去を捨てきれない面倒臭い女。私は生きてるけど、相手は死んでる。そう言いたかったんでしょ」
 漏れ出す言葉にせめて言い方だけは気を付けようとする。初音を責めたかったわけではなかった。けれど傾いた感情が理性を押し負かしそうだ。
「命半分渡した相手に会った時の感想、あなた訊いたでしょ」
 ここで止めた方がいい、警鐘に気付いていながら止まらない。
「あの子は私。今なら分かる。同じ想いさせたくなかったのに」
 頭を抱えた。額に立てられた指を爪の感覚が痛い。あの日には戻らない。夢ではない。現実だ。
「アンタの人生は続く…はずだった。どうしてだよ。元カレって言ったって、もういないだろうが」
 煽っているのだろうか。もう戻れない場所にいる相手を。何故未来の話をするのだろう。
「あんないい人、もういないから」
「分かんねぇだろうが、そんなの」
「居るかもしれないね。居るかもしれないよ。でもずっとあの人の影追っての。もういいから。あの人と同じじゃないなら私には…必要ない」
 初音が上から覆いかぶさって、視界が暗転する。あの妙な部屋のベッドの上で初音に押し倒されている。
「アンタの元カレが憎い」
 やはり派手な下着の姿だが、薄手の寝間着も羽織らされていた。
「とっても、いい人だった。格好悪くて、ダサくて。都会に住んでても全然垢抜けなくて」
 両肩を掴まれる力が強い。窓の外の光を借りてもまだ暗いこの空間で初音の逆光した表情は見られなかった。扉も照明器具もない部屋。窓の外には何があるのだろう。
「じゃあなんで…!」
「分かんない。甲高い声とか笑うと顔がくしゃくしゃになるところとか、その時見える歯並びの悪さとか、すごく安心した。この人がいいなって思った」
 顔を背ければ初音の額が側頭部に押し付けられる。
「やめろ!」
「もういないの分かってるよ。死んじゃったの、分かってる。だって、目の前で―」
 意図しない感情を言葉は連れてくる。口にしなくても、いつも思っていたこと。今更なのだ。
「やめろよ。やめろ。もう元カレの話すんな」
 制止の言葉も靄がかかっている。
「消したくない。忘れたくない、塗り替えたくない」
 胸が軽くなったような気がした。身体も。初音の胸倉を掴んで、初音の身体を組み敷いた。襟元を掴み直して顔を寄せる。
「あと2日しかないから。あと2日間、私はあの人のなの」
 怯えた表情で初音はそれでも引けを取らず、襟元を掴んでいるその腕を強く握った。
「呪いだ!そんなの呪いだろうが!」
「違う。私がそうしたいから。エゴなんでしょ、分かってる」
 初音の腕を払って、上から退いた。天井を仰いだままの初音に背を向け、ベッドの端に座る。


 土煙の中、現場へと急ぐ。横転した銀の箱。大きなコンクリートの塊が突き刺さっている。鮮やかなオレンジに身を包まれた者たちが視界の両脇で身体の動きを封じている。トンネルの入り口に激突した銀の箱は潰れ、曲がり、拉(ひしゃ)げていた。何時間も経っているはずだ。だのに、まだ。
 叫んだ名前は騒音と轟音とに掻き消される。暗い洞窟へ吸い込まれていく。巨大なコンクリートの塊が沈む。ゆっくりと、重力に従って。瓦礫の中、死体の中、一度目が合った、気がした。よく見知った男と。遠めに笑う。顔をくしゃくしゃにして。埃と血に塗れて。巨大なコンクリートの塊は埋もれた男へ沈んでいく。好きな顔が、消える。

「1人で考えんな。俺にも分けろよ」
 無言を貫いていた初音が天井を見つめて口を開く。
「別に」
「別に、なんだよ。面倒臭い女の自覚あるなら言えって」
「初音くんには…」
「関係あんだよ」
 遮られる。
「おもしろい話じゃないから」
「アンタがおもしろい話なんてしたコトあったかよ」
 不貞腐れている。
「おもしろい話なんて期待してねぇよ、分けろよ、俺にも」
 誤魔化すことを許しはしないようだ。初音が一度手を伸ばし、触れようとしたところで手を引っ込める。
「…欲張っちまった。血ももらって人間にしてもらって、アンタから生活ももらって、これ以上…」
「何言ってんの。初音くんがくれたんでしょ、今を」
 身体を背けてた初音の肩を掴んで向かい合う。
「俺は…」
 目を合わせない。突然帯びた弱気。
「前にマフラーの話したの、覚えてる?」
「面倒臭いヤツの話か」
「そう」
 色白だったため、青は顔色が悪く見えそうでワインレッドの柄の入ったマフラーを選んだのをよく覚えている。
「あの話、前付き合ってた人の話なの」
「…今もだろ」
 横目で一瞥される。
「元カレの話すんなよ、って言ってたのに、ごめんね」
「真に受けんな。聞きたい。アンタに似た元カレの話」
 どうせそのこと考えてたんだろ、と言われて逸らされた目元が少し赤い。
「どんなヤツだったんだよ」
 初音が記憶の中の「よく見知った男」に興味を示すとは思わなかった。
「どんなヤツって…」
「性格とか見た目とかだよ」
 初音を拒む意図はないが、初音には関係のない話だと思っていた。暇潰しなのだろう。
「気になるんだよ。アンタがまだ大事に想ってる元カレのこと」
 それとも言いたくないのか、と案じるような声音と表情に、一度触れてみたくなった。そのようなことをさせるくらいに頑なになるつもりはない。
「全然、かっこいい人じゃなかったよ」
 顔立ちも性格も。特に秀でていると思うところもなかった。
「分かんないな、カッコいい方が、いいだろ」
「たまにすごくかっこいいよ。ずっとかっこよかったら、疲れちゃう」
 ネガティヴなところがポジティヴに見えた。性格ばかりが明るい、情けなく考えが足りないところも、そこに巻き込まれることも、全て許せた。
「遠い」
 たった一言、終止符を打つように初音が言う。
「アンタらが遠い」
 でも近付きたい。唇の動きを読む。声は追ってこなかった。初音に掴まれ首に顔を埋められる。
「アンタの傍に居るの、俺なのに、な」
 首筋に歯が当たる。脳内で蘇るいつかの日。テーマパークでいつの間に買ってきたマスコットキャラクターのボールペン。渡しながら照れて笑っている。見上げた先にある口から見えた並びの悪い歯。目立つ八重歯。笑うと特によく見えた。懐かしいと思った。もしかしたらまだどこかで生きているのでは、などという淡い期待まで浮かんで、それから思考は途切れた。


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