神無月鎮魂祭T
4
「苑希…わかっているな?」
ふわっと背後に小さな風が起こり、珀が立っていた。
「珀…わかっています。もう少し時間を…」
翼刃にはわからないように、二人は小声で話す。
翼刃は何も知らない。
「相手に妙な情を持つな。いいか、これが最後のチャンスなんだぞ。時間はない」
前を行く翼刃をチラリと見て、珀は去って行った。
ふと、翼刃が振り返った。
「苑希?今…誰かいたか?」
さっきも見たような黒ずくめの長身の男。
苑希はなにもなかったかのように首を振った。
「いや…誰もいないよ。君の気のせいだと思うけど。それより…君、今なんて言った?もう一度言ってくれないか?」
「は?だから、誰かいなかったかって」
「いや…違う。その前に…僕のこと…」
苑希に言われて翼刃はハッとして顔を赤くした。
聞き間違いではないらしい。
初めて名前を呼んだのだ。
苑希は微笑んで、小走りで翼刃に近づいた。
「懐くな。早く帰るぞ。あんたを探して走ったから、原減ってんだ」
自分で勝手にそうしたくせに、人のせいにする。
それも照れ隠しだ。
「僕も」
「おまえのことは知るかっ」
全く素直じゃない。こんな調子で家に帰ってきた。
しかし、苑希は中に入ることを躊躇った。
本当に自分がここに帰ってもいいのだろうか。
そして、珀の言葉。
これが生きるための最後のチャンスなんだ。
しかし…。
「苑希?何してんだよ」
翼刃の声で苑希は家の中へと足を踏み入れる。
「…おかえり、苑希」
この言葉もずいぶん言ってなかったような気がする。
その言葉を聞いて苑希はぎこちなく笑った。
誰もこの言葉をかけてはくれないから。
「…ただいま」
だけど、翼刃…
僕は君を
殺さなければならない
ズキンと胸が痛む。
罪悪感が苑希を襲う。
翼刃に悟られないように、笑顔を崩さない。
余計な心配をかけてはならない。
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