お祝い小説
星のcake 2


「おいルフィ!お前もこっちに来て一緒に飲めよ!」


酔っぱらった大人の声。
時計を見れば、もう時間もかなり遅い。
宴会好きで有名なこの村だ。
今この空間でアルコールが入っていない奴は、店主であるマキノとおれ達二人ぐらいなものだろう。

「おう!」
「ルフィ、お前まだ子供なんだからお酒は・・・」
「もうおれは子供じゃないやい!」

おれの言葉を遮りあっかんべー、とよく伸びる目の下を引っ張る。
その表情が小憎たらしくも可愛らしくて、おれが数瞬固まっている隙にルフィは呼ばれた方へと走っていった。

楽しそうに大人の輪の中へ入っていくルフィ。
そう、あいつは、初めて会った時からそうだった。
あの人なつっこい笑顔を向けられて惹きつけられない奴なんていやしない。
こう言ってはなんだが、現にこのおれ自身がその一番の被害者だ。
あいつの行動はいつまで見てても飽きる所を知らない。

「エース、おかわりいる?」
「あァ、頼む」

空になった皿を見て、マキノが声を掛けてきた。
ガラにもなく考え事なんてしていたせいか、ただ作業のように料理を口に運んでいたらしい。
さっきの料理とはまた別のものが出てきたが、前に食べたものの味が思い出せなかった。

そうなんだ。
ルフィが、あの笑顔がそばにいないと、何となく落ち着かない。
いつの間にか上の空になっていることも多くあった。
なんて言うんだろうな。
どこか物足りないような感じ。
もしかしたら、少し寂しさみたいなものを感じているのかもしれない。

ここ数日、ルフィは「手伝いをしに行く」と言ってはよく出かけていて、二人で一緒に過ごす時間があまり無かった。
今までしようともしなかったことを急に言い出すものだから感心して、一緒に行こうか、と聞いても一人で大丈夫とか言って、おれが一緒に行くことを拒むし。
確かに、ルフィが近くにいると家でやらなければならない家事とかがいつもよりも数倍の早さで終えることが出来る。
でも、つい細々としたところで、あいつに合わせようとしてしまう。
ルフィが近くにいるような気がして歩くスピードを緩めたりとか、カゴを持つ時に必要以上に足下に注意したりとか。
そういうのがすっごく悔しい。

おまけに、どういう風の吹き回しか、以前は毎日おれにおやつをせがんでいたくせに、それも少し前からからあまり言わなくなった。
最初は具合でも悪いのかと心配したが、見ている限りではそんな素振りは一つもない。
それ以前の問題に、あのバカが風邪なんてものを引く訳がないとも思う。
どうせルフィのことだ、手伝いの駄賃代わりに何かかしらのお菓子を要求しているんだろう。
それじゃ手伝いの意味がないだろうに。

だいたい、なんで急にそんなことをし始めたのかが不思議でならない。
家事の手伝いはさせると時間がかかったり、やり直しが必要だったりと色々面倒ごとが生じる。
カナヅチであるルフィは漁の手伝いは出来ないし、店番なんてものも退屈すぎて性に合わないだろう。
だからといって、おれより力がある訳でもないし。
一体、何の手伝いをしているというのだろう。
いつもだったら夕飯の時にその日あった出来事を話したりするのに、それもここ最近ない。
逆に、干渉されるのを嫌がる素振りさえ見せる。
もしかして、今までルフィは仕方なくおれの側にいたのだろうか。
これが、兄離れとかいう奴なのだろうか。
それは、こうも突然やってくるものなのだろうか。

「あなたたち二人って本当に仲が良いわね?」

突然掛けられた言葉に少し驚く。
まるで、おれの心の中を見透かしたようなタイミング。
びっくりするなという方が無理な話だ。

「・・・うん」
「らしくないわね、エース。ルフィを取られて調子が狂っちゃったのかしら?」
「なっ!?別に、そんなこと!」

こういうことを図星と言うんだろうけど、意図の読めない顔で見られてはからかっているのか何なのかよく分からない。
おれは半ばやけになって、料理と共に新たに注がれたジュースを呷った。
自分の感情に反して、口に広がる爽やかな甘み。
そんなおれを見てか、またもマキノはくすりと笑う。
不愉快なものではないけど、なんとなく大人の余裕みたいなものが感じ取れて、おれの顔はいつの間にか下を向いていた。


「お、ルフィ、お前もっと飲んでみたいのか?」


突然後ろから聞こえた声。
まさかと思って後ろを見ても、まだ背丈の小さいルフィのことだ。
こちらからでは姿を確認することも出来なくて、ただ明らかに酔っているような大人の背中しか見えなかった。
前を見ると、追加の料理の準備をしているのか、マキノはこちらに背を向けている。

「なァ、マキノ」
「何?」
「いくらなんでも、小さい子供に・・・酒なんか飲ませないよな?」
「あら、分からないわよ?あそこに座ってる人達、みんなお酒大好きな人達だから」

瞬間、自分が青ざめたのが分かった。
もし今が、年越しの宴会中でなければ、こんなに心配になる必要もない。
だが、村人のほとんどが見て分かるほどに酔っぱらっている。
ルフィに一体何をするか分かったもんじゃない。
それこそ、平気で酒を飲ませかねない。

「マキノ、おれちょっと行ってくる。食べかけは置いといてくれ」

さっきルフィが消えた大テーブルの方に足を進める。
この辺は一段とアルコール臭がキツい。
まったく、こんなに飲んだら、新年早々二日酔いになるんじゃないか。

「ちょっとだけだぞ〜?」

その言葉が妙に引っかかり、声がした方を向く。
そして、目にした光景に唖然とした。
ルフィの目の前には空のコップ。
しかし、そう言って注がれていくそれは、全然ちょっとだなんて量じゃない。
普通にコップ一杯の量だ。
ルフィがそのコップを手にするその瞬間、ギリギリの所で横からそれをかすめ取った。
そのまま一気に中身を口へ流し込めば、ルフィから抗議の声が上がる。

「あ〜っ!!なんでエースがおれの飲んじゃうんだよ!」
「バーカ、お前にはまだ早いんだよ!」

口元を拭いながら、残念そうな顔をする弟の額を指でピンと弾く。

「いってェ〜!」
「当たり前だ、バカルフィ」
「何だよバカエース!八百屋のおじさん、もう一回注いでくれよ!」

たった今飲み干されたコップを持ち、さっきの犯人へとせがむルフィ。
おれがジトリとした視線を送れば、おじさんが冷や汗を流すのが分かった。
まったく、こんな予感ばかり的中するんだからしょうがない。
まだ10才にも満たない子供に酒を飲ませる大人がどこに・・・いや、ここに今し方までいたっけな。

「なァ〜?」
「いや、でも・・・」
「ダメだ。おじさん、ルフィのことあんまり甘やかさないでくれよ」

おれが更に目に力を込めると、さすがのおじさんもたじたじらしくルフィにゴメンな、と手を合わせ謝っている。
成長期の体にアルコールは良くないってこと、この人達は知らないんだろうか。
本当に世話が焼ける。
かくいうこのおれも、その真っ最中なんだが。

そこで気になるのは、さっきのおじさんの言葉。
酔いが回ったせいで少し大げさな言い方をしたという可能性もある。
確率は五分五分といったところか。
これからのためにも、ルフィのためにも確かめる必要がありそうだ。

「なァ、おじさん。さっきルフィに、もっと飲みたいのか、って聞いてたよな?」
「え!?あ、あれは・・・その前にコップに入ってたのを一舐めさせてやったからさ。今度は飲みたいのかと思ってな?そうだよな、ルフィ?」
「え、うんそう!ゴクリと一舐めしただけだ!」

ルフィがそう言った途端、おじさんがあからさまな表情を見せた。
しまった、と顔に書いてある。
その問題発言をした当の本人は、まだ気付いていないらしい。
必死になっている姿は可愛いが、兄としては見逃す訳にはいかない。

「ふ〜ん、ゴクリとねぇ?」
「そ、そうだぞ!ゴクリ、と・・・」

屈んで目線を合わせてやれば、急いで口を押さえるルフィ。
ようやく気付いたらしい。
だが、今更口を押さえても遅い。
ルフィの口から出たその言葉は全ておれの耳に届いた後だ。

「ルフィ、アルコールはな、今のお前の体にはとっても悪いんだぞ?」
「で、でも!おれが飲んだの一口だけだし!」

今度の言葉に嘘はないらしい。
目が泳いでいないし、それに何より、いつものまっすぐなルフィらしい目をしている。

「そんなんじゃ、おれみたいに大きくなれないぞ?チビのままでいいのか?」
「それはやだ」
「だったら、今度からこんなことするなよ?」

そう言って、本日二度目のデコピン。
即答するくらいなら、こんなコトしなければいいのに。
まったく、誰に似てこんなに負けず嫌いになったのか。
また痛いだの何だのと騒ぐが、それは放って置いておじさん達の方へ目を向ける。

「お、おーい、もう一回乾杯しようぜ」
「お、おう!」
「かんぱーい!」
「はァ〜!やっぱ乾杯の後の一口は最高だな!」

おれが見た途端この反応。
完全に逃げやがった。
これじゃまるで、おれが悪者みたいじゃないか。
くいっと上着の裾を引かれ、反射的にそちらを見ると目をうるつかせているルフィと目があった。

「エース」
「ダメったらダメだ」
「エース〜」

仕方ない。
だからといって、ここで負けたらルフィのためにならない。
だが、おれはこの表情にとことん弱い。
本人は分かってやっているのか、そうじゃないのか。
どっちにしろ、おれの方が分が悪い。

「ルフィ、マキノん所からジュースもらってこい」
「え?」
「酒はまだダメだ。でも、みんなと一緒に乾杯したいんだろ?」
「・・・うん!」

瞬間、キラキラと眼を輝かせるルフィ。
さっきまではおれに怒られてしょぼくれていたくせに。
今ではもう、そんなことは忘れたかのようにはしゃいでいる。

「エースの分も持ってくるな!」
「え、いや、おれは別に・・・」

おれの話も聞かないで、ルフィはカウンター目がけて走っていく。
だから、店ん中走るなって。
そう言ったおれの声も、あのバカには届いていないだろう。

「エースはルフィの兄ちゃんっていうよりは母ちゃんみたいだなぁ?」
「ハァ!?」

やれやれとため息を吐いていると、それを見計らったかのように隣からそんな声が聞こえた。
さっきも同じようなことを言われた気がする。
とうとう年齢の壁だけじゃなくて性別のそれも超えてしまったのか。
向こうが褒めているつもりでも、全然嬉しくない。
勢いよく横を見ると、美味しそうに酒を呷っているおじさんが頭をがしがしと撫でてくる。
周りの人達も、違いねェだの何だのと騒がしく笑っていて。
その言葉を聞いてか、自分が褒められた訳でもないのに、おれの隣でルフィが笑っていた。
いつの間に戻って来たのだろう。
その手にはジュースが入ったコップが二つ握られている。

「そうだな!エースは何でも出来るし、エースの方がじいちゃんよりもしっかりしてるしな!」

元気よく飛び出したその言葉にまたしてもため息を吐く。
こう言ってはなんだが、お前にそんな風に言われるじじいが少し可哀想だ。
こぼす前にと二つのコップを机に置きながら、じじいの顔を思い浮かべた。
ま、知らぬが仏、だよな。



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