お祝い小説
ありがとう 2
次の日ルフィは目を覚まし、無意識に隣をポンポン叩いた。
えーすがいない……
今は高校も保育園も冬休み。弁当を作る必要がないので、いつも自分が起きるまで隣にいるのに……
「えー…す……?」
その事に気付いたルフィの意識はようやく覚醒する。
ムクリと布団から起き上がりコタツの所に行けば、そこでエースはテレビを見ていた。
昨日の夜更かしのせいで、いつまでたっても起きないルフィ。かと言って起こすのもアレなので、先に起きてテレビを見ていたのだ。
テレビのボリュームはルフィが起きないようにと、小さくなっている。
そこから、あるフレーズが聞こえた。
「おっ、ルフィ。ようやく起きたか、おはよう」
ルフィの足音に気付いたエースは振り返り、朝の挨拶する。いつもならキチンと返してるルフィなのに、今日は何も言わずに座る。
「ルフィ……?」
機嫌が悪い。そうエースは感じた。そんな時、またテレビからあるフレーズが流れる。
そうだ、まだルフィに言ってなかった。
「ルフィ、あけましておめでとう」
ペコリと軽くお辞儀もする。やはり、ルフィからの返事はない。
「もしかして、昨日起こさなかった事を怒ってんのか?そんなに、年越しのカウントダウンがしたかったのか?」
昨日は大晦日。だから、ルフィの夜更かしもエースは仕方なく許したのだ。
たかが、カウントダウンと思っていたのだがエースの考えが甘かったのか、思った以上にルフィは不機嫌だ。
エースが話しかけても、ブスッとして下を向き、目も合わせない。
「そうだ、ルフィ。これから、兄ちゃんと初詣に行くか?昨日、起こさなかったお詫びに帰りにルフィの好きなの、何でも買ってやる。な、行こう?」
それでもルフィに変化はない。
「なぁ、ルフィ〜。起こさなかった兄ちゃんが悪かった。すまねェ。次は絶対起こすだから……」
「……わるくねぇ」
「……ん?」
今、ポツリとルフィが何かを言った。しかし、小さすぎてエースにはその声が聞こえなかった。
ルフィは相変わらず下を向いたままだったが、何か言いたいようだとゆう事は伝わった。
エースはルフィの言葉を根気よく待つ。
「えーすは……わるくねぇ……」
搾り出すように言ったルフィの言葉。その言葉は怒気を含むと言うには、あまりにも弱々しかった。
「なぁ、えーす。なんかい、いわれた?【おめでとう】って……」
「いや……まだ、家から出てねぇから、誰にも……」
そして、初めてルフィが顔をあげ、チラリとテレビを見る。
「あぁ、そりゃあ今日は正月だから、番組でもCMでも数え切れねぇほど、言ってるな」
あけましておめでとうございますって。
「かぞえきれねぇ……」
そして、またうつむくルフィ。
流石に此処まで来ると、ルフィは怒っているのではなく、落ち込んでいるという事に気がつく。
「なぁ、それがどうした?たかが、新年の挨拶だぞ?」
「たかがじゃねぇぞ……」
「ん?」
「たんじょうび。えーすの」
あぁ、そう言えばそうだな。
ルフィの誕生日は別だが、自分を含め、他の人の誕生日もあまり気にした事のないエースの感想はそれだった。あまりにもあっさりした感想だった。
しかし目の前のルフィは違ったようで、気付けばポタポタとコタツ布団にルフィの涙が落ちていた。
「おぃおぃ、ルフィ……」
困ったように呟くも、急いでその涙を拭う。弟の涙は見たくない。
「おれ、いちっ、ばんに、えーすに、おめっ、でとって………」
嗚咽混じりに、しゃっくり混じりに言った言葉。
《あけましておめでとう》と《誕生日おめでとう》確かに、両方とも《おめでとう》と入っている。
誕生日の意味ではないが、今日は《おめでとう》と沢山聞いた。正月だからだ。
それが悔しくて泣いてんのか?
だから、ルフィは泣いているのか?
だから拭ってやっても、次から次へと涙が流れてくるのか?
それをもう一度確かめたくて、エースは聞いた。
「そんな理由で、おめェは泣いてくれてんのか?」
《泣いてんのか?》と《泣いてくれてんのか?》些細な言葉の違いだが、意味合いはガラリと変わる。
だから、ルフィも【そんな理由】と言われたが、ルフィにとっては【そんな】ではなかったのだが、素直に頷く事ができた。
「じゃあ、兄ちゃんにありがとうって言ってくれるか?」
「ありっ、がと……」
《おめでとう》ではなく?
「あぁ、ありがとうだ。《産まれて来てくれて、ありがとう》のありがとうだ。どうだ?言ってくれるか?」
嗚咽混じりで、なかなか喋れないルフィはコクリと頷く。だが、まだ涙が止まらない。
早く泣き止ませたくて、エースはルフィに話しかける。
「《産まれて来てくれて、ありがとう》って、普通の《おめでとう》より言葉に重みがあると思わねェか?それに《ありがとう》なら、今日まだ、一回も言われてねェしな。ルフィが今年一番のありがとうだ……うおっ!?」
そう言うなり、ルフィが飛び付いてきた。
エースは泣き止ませたくて言ったはずなのに、ルフィは一向にに泣き止まない。むしろ、酷くなった気がする。泣き声が大きくなった。
それは、エースに一番に言える事が嬉しくて、安心して、感情が高ぶってしまった結果だったが、エースは失敗したかとオロオロする。
エースの服を小さな手で離すまいと必死に握りしめながら、顔を埋めているルフィを、ポンポンあやす。
すると泣き声に混じっているので、なかなか聞き取りにくいが、確かに《ありがとう》と言っているルフィ。
それも一度ではない、何度もだ。
それに何度も返事をしながら、ポンポン背中を叩き続ける。
服はルフィの涙や鼻水やら吸ってグチャグチャだろう。着替えねェと、面倒だなと思うも、たかが自分の誕生日でこんなに泣いてくれる人がいる事に、嬉しくて、むず痒くて、何とも言えない想いになるエースだった。
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