通常. 口付けの理由をキミに問う 【兎→虎】 初めにけしかけたのは僕。それを習慣にしたのは、オジサンだった。 別れ際に車内で交わす口付けは、恋人同士のように甘いものというよりは、互いの技量を比べるような、貪りあうものと言ったほうが良いようなものだ。 触れ合うだけの口付けはせずに、始めから互いの舌を絡めあい、口腔に侵入する。 時折、オジサンの口から漏れる小さな声を聞きながらそれでも止めることなく続け、2・3度それを繰り返してから、最後に1度だけ触れるだけの口付けをしてオジサンは、じゃあまたな。とひらりと片手を挙げて車を降りる。 自宅に入るオジサンと同時に、僕は車のエンジンをかけて、アクセルを踏み込みその場を去るのだ。 僕らの間に甘い言葉は一切ない。 正確に言うならば、僕らは恋人同士などではないからそんな言葉を交わす必要がないのだ。 赤く灯る信号に対しゆっくりとブレーキを踏む。 そっと指先で触れた唇は、どちらのものか分からない唾液で僅かながら濡れていた。 きっとオジサンは、この一連の行為をなんとも思っていないのだろう。 もしかしたら、僕が幼い頃に両親としていた挨拶みたいなもので、それを思い出したからと思っているかもしれない。 まぁ、いくら鈍いオジサンと言え、家族でこんな口付けなどしないことくらいは分かっているかもしれないけれど。 それでも理由を聞かないのは、オジサンの優しさ、なのかもしれない。 一体、オジサンはどういう気持ちで口付けをしてくれているのだろうか。 親愛?敬愛?友愛?それとも別の…? 聞くに聞けないのは、その答えによって僕の想いが断ち切られるのではないかと、不安になるからだ。 この気持ちはまだ言えない。 もう少し、時間と尋ねる勇気を自分自身貯蓄しなければならないから。 願わくば、親愛でも敬愛でも友愛でもないものであってほしい。 たった1人の娘とワイフの次でも構わないから。 「………虎徹さん」 …どうか、僕を愛してください。 小さな声は、青信号と共に踏まれたアクセルの音によって、僕自身に返ることなく消えていった。 End [*前へ][次へ#] |