[携帯モード] [URL送信]
yes

 嗚呼、こいつの頭を切り開いて、考えている事全てを曝してやりたい。何が何%とか、色分けした円グラフで出せれば良いのに。いやでもきっと、そんな簡単に分類されるものじゃあないんだろうな、とか。
 こんなぶっ飛んだ事を考えてしまう辺り、未だ現代の生活には戻れるのだろう。

 仕方ない、あいつに興味を持ってしまったから。それは否定しない。
 当たり前だ、あんな事をされて、意識しない訳がない。ともすればあの男はもう忘れてしまっているかもしれないが。いや、きっと忘れているに違いない。

 何せ俺も明確な日にちは覚えていない程に、時が経過してしまったから。
 そんなに髪が伸びるのが早い方でもなかったと思ったが、もうすっかり肩に付いている。まあぼさぼさとも言うが。

 綺麗だと奴が皮肉ったこの躯もすっかり傷だらけ。筋肉がこんな風に付くなんて知らなかった。元々やわな方ではなかったが、あっちで暮らしていた時には想像もしなかった自分自身の変わり振りに、少しばかりは憂いたくもなる。
 稽古だけでは図り知れない、命を懸けて立ち向かってくる相手を斬り捨てる、なんざあの頃は考えたくもなかった筈なのに。悪い意味で慣れてしまったのかもしれない。
 俺にだって守りたい場所、がある。

 俺が真面目に努力しているところは俺が一番見たくないが、そうも言っていられない。
 刀を振るい、一人稽古をしていれば、気付けばもう夕方。やらなくてはならない事が山程あるのに、時間ばかりがこうして過ぎてゆく。
 一つ溜め息を吐いて。同じ日々を過ごしているにも関わらず、どう考えても時間の無駄遣いとしか言い様のない、あいつを起こしにいくか、と手の甲で汗を拭った。

 それにしても、あんなに寝てたらどう考えても脳細胞死滅するだろ。今の俺よりよっぽど現代っ子じゃねえか。ニートだニート。


「おい、知盛、起きろよ」


 ばたん、とあからさまに音を立てて戸を開けるが、勿論効果なし。
 毛布に包まり規則的な寝息を立てるそいつが本当に寝ているかどうかは分からない。俺から見ると丸まった背中しか見えなかったから。声を掛けてもぴくりとも動く気配さえない。モーニングコールは不要ってか。
 仕方ない。俺も母親や譲にやられた事あるな、とか思い出しながらも、布団を引っぺがす作戦に出る。俺がこんな事をする日が来るなんて世も末だな、なんて。


「お前一体何時間寝てるんだよ」


 呆れながら寝返りで少々崩れた布団に手を掛けようと躯を屈めれば、突如下から伸びてきた手に腕を掴まれ、言葉を失ってしまった。しかもそれだけでなく強く引っ張られるものだから、体勢を崩してしまった。次の瞬間には俺も布団の中に入る始末。
 こういう動きはどうしようもなく素早い。本当に寝起きかこいつ、まさか最初からその気だったとか、いやそれは考え過ぎか。

 それよりもこの状況は何だ、気付けばこいつの顔がこんな近くに、って、


「お前っ、やっぱり起きてるんじゃねえか」
「俺は寝ている、と言った覚えはないが」


 何でこんなに落ち着いてられるんだよ!俺は心臓ばくばくだってのに。もしかしたらこの音が聞かれてるかもしれないくらい密着している。有り得ない。ふざけるのも大概にしろってんだ。
 口をぱくぱくさせていれば、顔が近付いてきて。おいおいおい何する気だよ、そう言おうとすれば、唇が触れるか触れないかの辺りでにやり、と俺によく見せる不敵な笑みを浮かべた。
 口腔に溜まった唾が一向に嚥下されてくれない。何も考えられない、とは正にこの事だ。


「…汗の匂いがするな、熱心に稽古でもしていたのか…?」


 だが意外にも(果たしてどちらの意味なのか)こいつは俺の首に顔を寄せてきて。鼻で嗅ぐ仕種を見せながら、気でも触れたか、ぺろりと舐めてきやがった。


「おい、何す、」
「おや…てっきり、兄上は寝息を窺うおつもりなのかと、」
「いいから、離せよっ」


 一気に蘇る記憶。やはりあれを忘れられる訳がなくて。
 ぶるりと震えそうになる躯を理性で押さえ込みながら、それでも、その舌の感覚に嫌悪一つさえ覚えず反応してしまいそうになるのは何故なのだろうか。


「クッ…今日は、震えてないんだな」
「うる、せ…っ、」


 今日は、って、お前も何気に覚えてるのかよ、まさか俺が起こしに来たのを抱かれに来たと勘違いした、とか、有り得ない話だよ、な。
 言いたい事が何故か喉元に引っ掛かって、何も出てこない。言っても無駄だと分かっているからなのか。分かる奴がいるなら教えて欲しかった。


「…っ!」


 唇で織り成された僅かな痛みに眉を顰めれば、満足そうに指先でそこを撫でる知盛。どう考えてもキスマーク。隠れる部分だから良いものの、戯れにしてはタチが悪すぎる。
 抵抗を忘れ言葉を失う俺に調子付いたらしいこいつは、あれよあれよと上に乗っかってきやがって。稽古で乱れた着物を開けさせ、その中にするりと手を入り込ませてきた。


「…ちょ、なっ、知盛っ」
「黙っていろ」
「んっ…!」


 言うなり、指を口の中に突っ込んできやがった。間髪入れず、器用に舌を挟まれ、口腔を弄ばれてしまう。それに翻弄される暇さえ与えてくれず、もう片方の手で胸をいやらしく撫でてくるものだから。この変態を蹴り飛ばしたくなる。


「…随分とかわいらしい色だな、此処は…」


 大きなお世話だ!そんなにまじまじと見詰められたんじゃ、恥ずかしいに決まってる。自分でも頬が赤くなったのが分かった。
 必死に首を振ってみせるものの加速していく愛撫らしきものに、流石に焦燥感を覚えて。疎かになった口腔の指に思い切り噛み付いた。


「…っ、」


 何故かこの時俺は加減をする事が出来なくて。
 こんな行動に出ると思っていなかったらしい知盛は僅かに顔を歪めると、どうやら興が醒めたらしく、指を引き抜き呆れ顔を張り付けた。
 悪い、とそれだけでも伝えたいつもりだったが、どうも靄が掛かった様な理性がそれを邪魔して、謝る事さえ忘れてしまっていた。それどころか、自分でも意味の分からない台詞が、腹の底から沸き上がってくる。


「…お前…、何考えてるんだよ」
「クッ…俺の事が、知りたいのか…?」


 丸で何の意味がある、とでも言いたげに聞いてくる知盛。


「ならば、お前は何を、考えている」


 反射してきた自らの問い掛けに、言葉を失う。

 ふと、気付いた。俺は、こいつの事を、知りたいのだろうか。分かりたいのだろうか。
 興味があった筈なのに、いざ真正面から向き合うと躊躇してしまいたくなるこの感情は、何なのだろう。

 そしてそれは、きっとこの男には見抜かれているのだろう。俺に何一つ真意を見せない、この狡猾な男に。
 奥歯を噛み締めれば、未だ口腔はこいつの血の味がした。




yes or no
(さて、どれが答えか、当ててみせろよ)


*


どちらとも言えない癖に。
それにしても血が出る程噛んだらかなり重傷だと思うんですがね
09/3/3/



あきゅろす。
無料HPエムペ!