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初キスは血の味

 年の瀬とか大晦日とか言ったけれど、特に掃除の必要のないくらい何もない部屋だったから、洗面所で何気なく目に付いた歯ブラシを変えたくらい。
 未だ使い古している訳ではなかったが、本当に何と無くだ。

 で、昨日の今日で明けましておめでとう、なんて馬鹿馬鹿しい事に付き合ってやりながら、歯でも磨くかと何も考えずにぼうっとしながら、新しい歯ブラシを出してくる。
 パッケージにちゃんとやわらかめと書いてあるのを確認して。(ヨハンは「ふつう」だったと思う)極細毛だとか奥の奥まで、だとか最近の歯ブラシは凄いんだな、とかでかでかと表示される思ってもみない事を頭で復唱しながら、水で濡らし毛先を丁寧に洗う。
ヨハンは多分、朝からやっている特番でも観ているのだろう、時折間抜けな笑い声が聞こえてきた。笑い過ぎだろ。

 まあ良いか、と残り少ない刺激の弱い歯磨き粉のチューブをぎゅっと捻りながら、(歯磨き粉は買うの忘れた、)白い塊を歯ブラシに乗せる。
 後は何も考えずに。口の中に入れて、しゅこしゅこ?しゃかしゃか?磨き始める。立っているのが面倒臭いので、洗濯機にひょいと腰掛けて。
 するとドアの向こう側から、こちらへ向けられた声音が聞こえてきた。


「十代、面白いぜ、今な、芸人が洗濯挟み顔に付けてなー」
「…興味ない」


 すこぶる楽しそうなお前をあしらう方が俺は楽しいよ。
 眠い目を擦りながら、それよりも何よりも、歯ブラシが新しい所為か何時もより固いのが気になっていた。これでは、きっと、
 泡立った歯磨き粉混ざりの唾液を吐き捨てれば、白い色とは程遠い、赤い血の色が流しに伝い落ちた。
 嗚呼、またやってしまったな、とか軽く思いながら歯ブラシを口から取り出せば、あらら、白い毛先が真っ赤。
 鏡に珍しくに、と笑ってみせれば、上の歯茎から流血。結構出て来たな。虫歯はないとは思うけれど、歯槽膿漏かもしれない。
 しかし何だか逆に楽しくなってきてしまった。こんなに血が出て来るのは。口が血の味しかしないのは。


「ヨハン」
「ん?何だ十代、何かあったか」


 少し声を張り気味でヨハンを呼ぶと、上機嫌で朗らかな声音が返ってくる。
 ちょうどCMなのか、何も続けずとも洗面所へ向かってくる足音が聞こえた。
 準備は整った。やがてドアが開き、彼が入って来ると、勢いよく振り返る。子供染みているのは未だ子供だから。躯は大人だけれど、少しはこんな悪戯もしたいんだ、お前を思って、だ。優しいだろう?


「…ひっ!だ、大丈夫か、十代っ」


 おい、声、裏返ってるし。
 びくりと肩を震わせたその怖がり振りが予想以上に面白くて、にやりと笑みが溢れてくる。
 これは俺を心配しているというだけではなく、どうやら嬉しい誤算がある様だ。


「ヨハン、血、嫌いなのか?」
「ちょっ、無理だから、無理、近付くなっ」


 見なければ良いのに、俺が流しを指せばその夥しい血の量に悲鳴を上げるヨハン。嗚呼、可愛いなこいつ。
 これでキスしたい、なんて言ったらお前はどうするかな。血が嫌いだから嫌がる?俺が好きだから受け入れる?
 何にせよお前は、そのどちらも受け入れるのは分かっているよ、ヨハン。お前は俺が大好きだもんな。


「なあ。ヨハン、キスしたいだろ」


 お前にこうやって些細な悪戯をして、楽しくて仕方ない。
 抵抗の台詞など聞きたくないから、言葉を選んでそう吐いてやれば、困った様に眉尻が下げられた。あれ、やっぱりキスしてくれるんだ。
 目を閉じればゆっくりと重ねられる唇。震えてるのが何だか処女みたいで可愛い。

 何でもかんでも新年だからと初、を付けるのは馬鹿馬鹿しいとは思っていたが、今年の初キスはどうやら忘れられそうにない。
 さあ、この血の味をどうやって共有しようか。




09/1/1/
原点回帰、にしては二十代がぬるい



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