ルージュの弾丸
跪いた彼にすっと差し出されたのは五本の指。鮮やかな赤のペディキュアで彩られた爪が目に入った。
視線だけを上げてやれば、きらびやかな椅子に悠々と腰掛けている男が、口角を吊り上げて。
言葉を放つ必要も無いという様に、その男は目で、ヨハンへ命じてみせた。
彼の睫毛が伏せられる。跪いた位置からやがて頭を下げて、床と眼前睨めっこでもする様な形になると、愛しい愛しい男の足の指をぺろりと舐めた。
声は上げない。それを彼が望まないから。
甘ったるい感触が、舌を、伝う。そのまま唾液を飲み下すと、何とも甘美な味わいがヨハンの口腔に広がった。
いっそこのまま指をかみ砕いて。嚥下して。恍惚に浸りたいのだけれど。それは夢のまた夢。
一つ舐めるだけでうっとりと酔いしれている彼が気に食わないのか、それを見下ろす男は空いた足で頭を踏み付けた。
「…はっ、あ…」
重力に従って、地へとぐりぐりと押し付けられる。手加減など知らないその愛撫(彼にとってはそうとしか感じられない)に、思わず声を漏らしてしまった事が、更に彼を煽っている様だった。
きっと表情は変えていないのだろうが、焦れているのが一目瞭然で。
嗚呼、頭がくらくらする。このまま倒れてしまいそうだ。ヨハンは紛れも無い恍惚によって、そう感じていた。
歯を当ててはいけない。傷付けてはいけない。
靄が掛かる薄れた意識の中、親指をしゃぶり始める。唾液の滴る舌をねっとりと這わせながら、奉仕というよりも自分の指をおしゃぶりする様な感覚でちゅぱちゅぱと音を立ててゆく。
躯は快楽を求めていても、心がそう退行し切っているヨハンにとって、どうやっても彼の満足いく様な指舐めは出来ず、稚拙な動きしか出来なかった。
気持ち良い、もっと舐めたい。しゃぶりたい。
支配し君臨する彼を何時か、少しでも自分の色に染められないだろうか。ペディキュアを蒼く彩るだけでも、どんな形でも構わない。
こんな汚らわしい存在に足を舐めさせてくれているだけで滅相もないくらいなのに、子供の欲望は止まる事を知らない。
「…はぁ、は…あ…十、代」
溢れる唾液をどろりと垂らし、てらてらと輝く指の間にも舌を入り込ませて。
ふやけるまで舐めていたい。興奮した躯は声を抑える事を忘れ、親指から人差し指へ、対象を移動させてゆく。
ちゅ、ちゅくと吸い付く度に、角度を変えて足で踏み付けられた。
「ん、はっ…ふ、うぅ…」
呻き声までもが甘く感じられ、ゆるゆると舌で刺激しながら馬鹿の一つ覚えの様にしゃぶる。
獰猛な獣の様に粗野な動きで、飽きる事なく指を繰り返し交互していって。
何が何だか分からない。陶酔し切っていて、ものの分別もつかないのだ。
断固として口を開かなかった十代は、丸で自慰でもするかの様なヨハンに眉を顰めると。気持ち悪いものを見る様な目を向けて。跪いた彼の顔を思い切り蹴り飛ばした。
乾いた音が立てられたと思うと、ヨハンがよろりと体勢を崩す。
「へったくそ」
その赤々とした唇から放たれる言葉は、顔に走った痛みよりも鋭く、丸で躯を射抜く弾丸の様にヨハンへと突き刺さった。
08/9/25/
女王様と犬
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