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月下のぬくもり

そこに描かれているのが、朝廉山であることは桂秋もわかっていた。
過去、多くの文人たちが描いてきている。
しかしその絵の作者が誰なのかは、桂秋にはわからなかった。
ただ、皇帝の居室に飾られているのだから、さぞや著名な人物の手によるものだろうとしか思っていなかった。

「あれは、父上が描いたんだ」
「お父さま?」
とはつまり、先の皇帝だ。
「さようでございますか…」

そう聞いても桂秋は、ただじっと絵を見つめていた。
そして、思ったとおりのことを言った。
「わたしなどが申し上げるのもかえって失礼ではございますが、風格のあるご立派な絵でございますね。先の陛下は、いらしたことがおありなのですか?直接ご覧になってこの絵を?」
「昔な。行ったのも描いたのも昔」

皇帝の言葉に対し、桂秋はうなずいた後、再び絵に目を転じた。
だがすぐに、そんな自分を皇帝がじっと見つめていることに気付いたのだ。
「曜和さま?」
「いや…」
皇帝はそこで桂秋から目をそらすと、静かに口を開いた。
「おまえの父親は郭途(かく・と)だそうだな。父上のおそばに長年仕え、将来は大臣にとも目されていたのに、いわれのない罪を着せられ遠方に流されたあげく、体調を崩して官を辞した。いや、そう仕向けられた」
皇帝の口から、直接は知らせていないはずの父親の名前が出てきて、桂秋はただただ皇帝を見つめた。

「体調をひどく崩したから帰京させてほしいと何度嘆願があっても、父上は初め決して許さなかった。父上の周囲が、彼に都にいられては目障りだったんだろう。どうせ仮病だから許すなとそそのかしていたらしい。そして官を辞すことを条件に出し、それを受けたのを見てようやく帰京を許すと言い出した。……もう少し早く帰京させていれば、ここまで体を壊さなくても済んだかもしれないのに。今は寝たきりだそうだな」
桂秋は静かにうなずいた。

この人は、自分のことをさほど見ていないようで実はとてもよく見ていたのだ。
父親のことも特に隠しているわけではないので、その気になって誰かに聞けばすぐにわかったろう。
父親の名前がわかれば、あとは事情を探るのは簡単だ。
いや探るも何も、名を聞いてすぐにわかったのかもしれない。
父親のことは当時、たいそう評判になったのだから。

皇帝はさらに続けて言った。
「それなのにおまえは、この絵をそんなに静かな表情で見ている。父上を恨んでもよさそうなものなのに」
「……幸い、父はいま生きておりますし、毎日平穏に暮らしております。ただ体の具合が多少よくないだけです。
それに在官中の父は、よくけわしい顔をしておりました。退官後はそんなこともなく、これはこれでいいのだろうとわたしは思っています」
「……」
「それより、父のことをお話し申し上げなくて申し訳ありません……。曜和さまがお気になさるかと思って……」
すると皇帝は、間髪をいれずにうなずいた。
「それは確かに気にはなった」
やっぱり、と桂秋は思った。
しかし、その理由は桂秋の想像とは異なっていた。

「なぜ、それなのになぜおまえは、俺のことをこんなに心配してくれるのか。父上のあとを継いだのは俺なのに」
「それは確かに、位はお継ぎになったでしょうが、他のことは関係のないことでございます。先の陛下のなさったことをどう思うかと、いま目の前の曜和さまをどう思うかは、少なくともわたしには関係のないことでございます」
「そうだな、それはおまえを見ていればよくわかる…」

そうか、と皇帝は静かに言い、しばらくの間無言だった。
無言でじっと、桂秋に横顔を向けていた。
整った横顔に、窓から差し込む日があたる。
そのまなざしからは徐々に力が失われていくようで、桂秋は心配になってしまった。
体調が悪いということではないようだ。
身体的な問題ではない。
「曜和さま…」

皇帝はやがて口を開くと、桂秋に言った。
「家に帰れ」
「え?」


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あきゅろす。
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