[携帯モード] [URL送信]

月下のぬくもり

さて翌朝、皇帝の脈を取る陸仙強に、桂秋はついて行った。
その行きしなに昨夜の皇帝の様子を話したあと、ついでに尋ねてみた。
「曜和さまは、後宮で夜を明かさないのでございますか?ゆうべはたまたまですか?」
「いや、曜和さまは夜は必ずご自分のお部屋でお休みになる。一人でないと眠れないとおっしゃってな」
「さようでございますか…?」

なぜだろう?
自分が言うのもなんだけれど、せっかく女性のところに行ったのだから、一晩睦まじく過ごしてくればよさそうなものなのに。

皇帝は寝室におり、白い夜着のまま寝台に腰を下ろしていた。
「桂秋から聞きました。ゆうべもずいぶんとお酒を召し上がったようでございますな。お休みにはなれましたか?」
という陸仙強の問いに、皇帝はあっさりと首を振った。
「飲みすぎたからか、かえって寝付けなかった」
「曜和さま」
「頭が痛い」
陸仙強が、困ったようにため息をつく。
「それはきっと、単にお酒を召し上がりすぎたからでございます。召し上がりすぎはよろしくありませんと、もう何度申し上げたことか」
「そうだな」
皇帝は右から左に聞き流し笑うだけだ。
しかも、脈を取ろうとした陸仙強に対して、取られた手を振り払ったのだ。
「曜和さま?」
「おまえに診てもらうのは飽きた。桂秋に診てもらう」
そう笑いながら言って、桂秋のほうに手を差し出した。

桂秋はえっと思い、陸仙強を見やる。
「曜和さま、ふざけるのはいいかげんになさいませ」
陸仙強が言う。
「ふざけてなどいるものか。俺は真面目だ。何のためにこの娘をここへ留め置いたと思っているんだ」
そう言う顔は笑っていて、真面目ではないことはすぐにわかる。
一体、何をする気なのか。
桂秋は身構えてしまう。

陸仙強がため息をつきながら、まあよいでしょうと桂秋をうながした。
それなので、桂秋は身構えつつ、そっと皇帝の手首を取ろうとした。
だがその桂秋の耳元に、皇帝はふうっと息を吹きかけたのだ。
酒の香りをはらんだ息が耳にかかる。
「!」
桂秋は、飛びのかんばかりに驚いた。
その様子に皇帝は笑い転げた。

「曜和さま!」
桂秋が叫ぶと、皇帝はさらに笑う。
「朝から何をなさるんです!」
陸仙強が困ったように、再度ため息をついた。
「ご機嫌がよろしいのは何よりでございますが、この子をからかうのはおよしください」
しかしその言葉も皇帝の笑い声にかき消される。
困った顔のまま、陸仙強が改めて脈を取った。

皇帝は桂秋に話しかける。
「帰ってきたらおまえがいてびっくりしたんだ。だから驚いてよく眠れなかったのかもしれない」
「えっ?」
一瞬驚いた桂秋だったが、それには陸仙強が応じた。
「曜和さま、そんなことはございません。単に、お酒が過ぎただけでございます」
「はいはい」
「まったく、このままですと、この子を後宮にもついて行かせなくてはなりませんな。わたくしならともかく、娘が一人いてもさほど目立たないでしょう」
「後宮に、医者とはいえ娘を引き連れて行くか?まあ、確かにそれもおもしろいかもな。なあ桂秋?」
「あまりおもしろくはないかと存じますが…」
そう桂秋が言うと、皇帝はまた笑う。

後宮といえば女性たちが寵を競っている場だ。
現在、数人の女性がいるのだが皇帝は特定の誰かに目をかけていることはなく、だからこそ皆、我こそはと思っているそうだ。

「二日酔いのお薬もお出ししておきましょう。食後にお飲みください。桂秋に運ばせますから」
陸仙強が、今朝からもう何度目かわからないほどのため息をつきながら言い、皇帝は笑いながらうなずいた。

では失礼いたします、と陸仙強が言い、桂秋を連れて部屋から出ようとした。
桂秋も一礼してその場を去ろうとした。

だが、桂秋が皇帝に背を向けようとしたそのとき。
視界の端の皇帝が、不意に顔をしかめたのだ。
眉根を寄せて目を閉じ、苦しそうに背中を丸めた。
見る見るうちに顔から血の気が引いてゆく。

「曜和さま?」
「…いや、大丈夫。なんでもない。すぐにおさまる…」
そう言うのもやっとのようだ。
桂秋の声に、すぐに陸仙強が脈をとり、同時に桂秋に持参していた薬箱から薬を取り出すよう言いつける。

指示された丸薬を取り出した桂秋に、皇帝は肩で息をつきながら言った。
「いらない。これくらいならすぐにおさまるから…」
「曜和さま、我慢はよろしくございません」
陸仙強が言ったが、確かに、その息苦しさの波は今はすぐに収まったようだった。

桂秋が見ている前で、皇帝は大儀そうに一つ大きく息をついた。

陸仙強が言うには、皇帝は時折今のように発作的に息苦しくなるそうだった。
同時に頭痛やめまい、あるいは吐き気をともなうこともある。
そのつど、頓服薬を飲めばその場はおさまるが、その根本的な原因がわからないのだ。
もっとも皇帝は、一人で我慢してしのいでしまうことが多いようだった。

皇帝の様子が落ち着いたのを見て、今度こそ陸仙強は部屋を辞した。
皇帝は、心配して振り返った桂秋に対し、なんでもないように笑ってみせた。


[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!