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月下のぬくもり
十七
廊下に出て扉をそっと閉めると、側近が飛んできた。
「陛下のご様子はいかがでございますか?」
「いまお休みになりました。ひとまずは大丈夫だと思います」
桂秋がそう答えると、側近は驚いたのだ。
「えっ?」
何に驚いたのだろうと桂秋が思っていると、側近は首をひねりながら言った。
「お一人でないと眠れないからと、寝しなにおそばに人がいることを極端に嫌う方なのですが…」
「ああ、それはわたしもそのようにうかがってはいますが…。わたしが医者という立場だからでは?」
「いいえ、陸先生でもそうなんです。以前も、ご体調の優れない陛下を心配なさった陸先生がついていようとなさったら、下がるよう強くおっしゃって」
「そうですか…」

桂秋が陸仙強の部屋に戻ると、彼は心配そうに尋ねた。
「曜和さまはどうなさった?」
「お休みになりました」
「お休みになったのを確認したか?寝る寝るとおっしゃるだけで寝ない方だから」
「はい、確かにお休みに」
そこまで念を押して確認して、ようやく陸仙強は安心したようだった。
「先程、宋紅芭さまの周囲を再度調べるよう命じておいた」
「少しだけお姿をお見かけいたしました。曜和さまのことを大変ご心配になっていらっしゃいましたが」
「それは無論、どなたも心配なさっておろう。曜和さまの体調がおよろしくなくなってすぐの頃は、やれ薬だなんだと届けられて、断るのに一苦労だった。まったくの善意からでも、変なものを勧められたらたまったものではない」
そうですね、と桂秋はうなずいた。

そして陸仙強は、先程皇帝の側近から聞いた話として教えてくれた。
「宋紅芭さまは今夜、ご実家から珍しい食べ物が送られてきたので曜和さまにもぜひご賞味いただきたいということで、お呼びになったそうだ」
「ご実家はどちらなのですか?」
「用州だそうだ。用州の宋家といえば大変な名家と評判だ。そこのおうちのご出身で、お身内にはかつてやはり後宮に上がった方もいらっしゃるそうだ。とはいえ、ご本人はご養女でいらっしゃるそうだが」
「ご養女?」
「もともと宋家と縁続きではあったが、後宮入りに際し、本家の養女となったそうだ。後宮に上がってから半年になるだろうか。後宮にいる方の中で最も美しいと評判だが、まあ、特にお目をかけられているわけではないのは他の方と同様だ」
確かに美しい女性だった。
「用州のほうにも人をやった。念には念を入れんとな」
桂秋はうなずいた。

用州には、桂秋の父親が赴任していたことがある。
桂秋は、帰宅したら父親にも聞いてみようと思った。

「そういえば曜和さまは、おまえの父親のことをご存知のようだな。どこからかお耳になさったのだろうか」
「はい…。それで、父のことを大変お気になさっているんです。体調のことをお気づかいいただくだけではなく、とにかく申し訳ないことをしたとおっしゃって。先の陛下のなさったことを、まるでご自分のあやまちであるかのようにお話しになるんです」
陸仙強が首を振った。
「お気になさりすぎだ。そういうことまで背負われては、背負うものが多すぎる。先帝から受け継いだ荷は少しくらい下ろしてもよろしいのに。曜和さまは、先帝の下での冤罪はすべて晴らしてくださった。それでもう、この荷は下ろしたと思うのだが」
「亡くなった方にはどうすることもできないとおっしゃるんです」
「他ならぬ曜和さまがそう思ってくださっていること、それでよいのではと思うのだが…」
陸仙強は最後に言った。
「わしは曜和さまのお体は診ることができるが、お心まではなかなか」
「……」


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