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真珠の声

都に着いたのは夕方だった。
着くやいなや玲韻はまっすぐ宮中に連れて行かれ、そして小さな部屋に連れて行かれた。
やってきた宦官が言った。
「今夜はこれから宴がございます。そこで、あなたには声を披露していただきます」
「え?今からですか?」
玲韻の声は、今もなおかすれていた。
その玲韻のかすれ声に、宦官は驚いたようだった。
「そ、その声は?」
「え、ああ…わたしはもうずっとこういう声なのです。お伝えしているはずなのですが…」
「さようでございますか?」
少なくとも宦官は知らなかったらしい。
宦官は、数人の侍女を連れてきていた。
玲韻を着飾るための要員だった。
宦官は侍女をその場にとどめ置き、玲韻にもここで待つよう言うと、慌てたようにどこかへ駆け出していった。
そしてすぐに一人の男性を連れて舞い戻ってきた。

立派な服装をしているその中年の男性は、どうやらかなりの地位にある役人らしかった。
彼は玲韻を見ると、一瞬、不思議そうにじっと見つめ、首をかしげた。
だがすぐに、宦官の言葉にそちらを振り返った。
「宰相さま、ぜひご確認していただきたいことが。この娘の声をお聞きくださいませ」
「声?」
立派な服装も当然で、この男性は宰相なのだった。
玲韻は、彼にひとまず一礼し、そして口を開いた。
「史玲韻と申します」
すると彼もまた驚いたようだった。
しかし彼の驚きは、少し違っていた。
「まさかここまでとは。もう少し出るかと思っていたが」
彼は、自分の声の調子が悪いこと自体は知っていたようだったのだ。

だが彼は、そこでいぶかしげな目を玲韻に向けた。
「本当に出ないのか?おまえは陛下の直々のお声がけにもかかわらず、初めは渋ったそうではないか。演技をしているのでは?」
思わぬ疑いに、玲韻は驚いた。
「本当でございます。こんな声ですから、とても歌えません。どうぞ陛下にお伝えくださいませ」
宰相は腕組みをした。
「ふむ、まあ確かに、おまえに渋る理由はないからな。聞くところによると、姉が死んで以来だとか」
「はい」
「姉の死を悲しむあまりに声がおかしくなったと欣芸の長官からの書状にはあったが」
「その通りでございます。とても歌えません」
「しかし、姉が死んだのは昨日今日ではあるまい」
「え…?」
宰相は言い切った。
「医者はのどに異常はないと言った。その気になれば出るはずだ。いや、出さないか。陛下がおまえの声をご所望なのだ」
「そんな…無理でございます」
玲韻は訴えた。
「どうか陛下にお伝えくださいませ。わたしはもう、このようなみっともない声しか出せないのです。とても歌えません。お耳を汚すばかりです」
だが、彼は玲韻の言葉は聞き流した。
そして、宦官に命じた。
「宴はもう始まる。いいな、その娘を連れてこい」
「わたしには歌えません!」
すると彼は玲韻に、冷たい一瞥を食らわせた。
「歌えなくとも、歌うのだ。おまえにはそれしか許されない。陛下がご希望なのだ。いいな、絶対に歌え」
こんな声の自分に歌えなんて。

彼がいなくなると、侍女たちが一斉に玲韻を飾り立て始めた。
玲韻はなされるがままだった。

先程の宦官が玲韻を宴の場に連れて行った。
廻廊を渡り、庭を歩き、やがて大きな高楼に着く。
高楼の上からにぎやかな気配が届いてくる。
宴の場に着くと、皆が一斉に玲韻を見やったのがわかる。
だが玲韻は、顔は上げられなかった。
体が小刻みに震えだす。

「この娘が欣芸で噂の」
「鬼神をも感じさせる『真珠の声』の持ち主ですか」
「これは楽しみでございますな」
「玲韻、こちらに」
名前を呼んだのは、先程会った宰相だった。
声のほうを見やると、彼は正面右手にいた。
先程とは違い、今はにこにこしている。
愛想笑いだとすぐにわかる。
「陛下、この娘があの歌姫でございます」
「ほう、やっと声が聞けるのか。待ちかねたぞ」
皇帝は本当に自分の声を聞きたがっているのだ。
宰相が何かしゃべっているのが聞こえる。
だが玲韻にはもう、何も聞こえていなかった。
管弦の音色が変わり、玲韻もよく知っている曲が始まる。

歌えというのだろうか?
歌えない自分に?
歌う気になんかなれないのに。
どうして、歌えないのに歌わねばならないのか。

自分はもう、歌えないのだ。
なぜならもう、歌い方を忘れてしまったから。
これまで一体、どうやって歌っていたのだろう。
歌えと言われても、今の自分にはどうやって歌ったらいいのかさえわからないのだ。


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