金の過去 銀の未来 九 池をぐるりと一周したところで、捷隆は不意に足を止めた。 「捷隆さま?」 端正な彼の横顔には、改めて見ると疲労の色が浮かんでいる。 「捷隆さま…どうぞお体を大切になさってくださいませ」 捷隆は、そう言う雪華を見やった。 「だいぶお疲れのご様子ですから」 捷隆はほほ笑んだ。 「大丈夫。…もう、街へ出なくても気が晴れるし」 「?」 「おまえがここに来てくれたから。…おまえと毎日会えるだけで大丈夫」 雪華の頬が、さっと赤く染まる。 それが自分でわかった雪華は、慌ててうつむいた。 喜びたい。 でも、喜んではだめだ。 茜姫に申し訳が立たない。 捷隆は、そんな雪華の気持ちをすべて見通しているようだった。 もうそれ以上は何も言わず、池を背に戻り始めた。 だが、数歩歩いたところで再び立ち止まったのだ。 「やはり、せめてこれだけでも」 捷隆はそういうと、懐から何かを取り出した。 それは銀の腕輪だった。 彼は無言で雪華の手をとると、その手首に腕輪をすっとはめてやった。 「何も言わずに受け取ってほしい」 「……」 「俺はいつか、必ずおまえを自分のものにする。いつか必ず」 いつか。 そう、今日明日でなく、いつかそのうち。 明日、妃を迎えようとしている人が言う言葉ではなかった。 そして同時にそれは、自分は、明日やってくる妃には興味がないことを表していた。 興味を持ってもらえない妃。 宮中において、それは死も同然だ。 雪華には何も言えなかった。 そしてその雪華の気持ちも、捷隆は十分わかっているようだった。 「おまえが仕えている限り、彼女を不幸にはしない」 雪華はうなずいた。 「わたしは、捷隆さまとお会いできるだけで十分です。お顔を拝見できるだけで。お声を聞くことができるだけで」 「……」 捷隆は、何も言わずに雪華を抱き寄せた。 暖かい腕の中。 広い胸に顔をうずめると、その鼓動がかすかに耳に届く。 柔らかな絹地。 背中に回された手が、何度も雪華の背をなでる。 もうこれで十分、と雪華は思った。 この記憶だけで、一生生きていけるだろう。 きっと捷隆だって、茜姫を実際に見て接すれば、その素晴らしさがわかるだろう。 いつかなんて、そんな時はきっとずっと来ないだろう。 [*前へ][次へ#] [戻る] |