金の過去 銀の未来 八 いよいよ輿入れの前日となった。 雪華は他の侍女たちと、一足早く宮中に向かった。 宮中には、皇帝が政治を取る正殿を中心に、多数の建物が並んでいる。 茜姫の住まいとなる建物は、もう準備は万端整っており、あとは主を迎えるだけとなっていた。 たくさんの輿入れ道具もあるべき場所に収まっている。 それでも一応、と雪華が茜姫の部屋を見回っていると、捷隆がやってきたのだ。 茜姫付きの侍女は、雪華のように実家からつれてくる侍女の他に、以前から宮中にいた侍女たちもいる。 その後者の侍女たちが、捷隆を見て驚いたように叫んだのだ。 「まあ捷隆さま!どうして今日こちらに?」 「どうして?って」 捷隆はおかしそうに笑う。 「やあ雪華」 「……」 声をかけられた雪華は、思わずうれしくてほほ笑んでしまった。 だが、すぐに慌ててうつむいた。 馴れ馴れしくしてはならないのだ。 侍女たちが不思議そうな目でこちらを見つめている。 それには捷隆も気付いていたらしい。 すぐに、雪華から目をそらした。 「いよいよ明日だ。準備が整っているか、自分の目で見ておきたくてな」 そして、それだけ言うとすっと部屋から出て行こうとした。 ただ、出て行こうとしながら雪華のほうに目配せをしたのだ。 雪華は一瞬の間をおいて、自分も部屋の外に出た。 捷隆が庭へ向かうのが見えた。 「捷隆さま」 木立の中を歩く捷隆に声をかけると、捷隆はすぐに足を止め振り返った。 そしてほほ笑んで雪華を待ち受けた。 「ここにいて大丈夫なのか?」 「ええ、今はもうあまりすることはないようで」 捷隆はうなずいた。 そして、裏庭のほうに向かったのだ。 「捷隆さま、どちらへ…?」 「裏手に池があるんだ」 茜姫の住まいは宮中でも奥のほうにあったが、さらに裏手に向かうとそこにはきれいな池があった。 どこまでも青く澄んだ水。 水底の小石が見える。 蓮の花が静かに浮かんでいる。 「まあ」 あまりの透明さに雪華が感嘆の声を上げると、捷隆はほほ笑んだ。 池の周囲には背の高い木々が植わっており、人の気配はない。 小鳥がさえずりながら木の間を縫っていく。 池の周囲を並んで歩きながら、雪華は一人、幸せをかみ締めていた。 もう十分。 もうこれで十分だ。 自分は、これ以上は望まない。 いや、望んではいけない。 時々言葉を交わせれば、もうそれで十分だ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |