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金の過去 銀の未来

輿入れが数日後に迫った日、雪華はまた市場に向かっていた。
今日はさすがに一人だ。
茜姫に、市場に行くということは伝えたが、茜姫のほうもさすがにもう行きたがらなかった。
市場に行き、頼まれたものを買い、それからやはり茜姫の好みそうなものを探していると、不意に脇から声が掛かったのだ。
「もしかして、この間の?」
声に聞き覚えがあって振り返った雪華は、びっくりして危うく手の中のものを取り落とすところだった。
声は捷隆のものだったのだ。
いや、声を聞いた時点で捷隆とわかったが、本人と確認すると、やはり驚いてしまったのだ。
今日もほほ笑んでいる。
そして今日は初めから、江黎明を従えていた。
「捷隆さま!」
名を呼ぶと、捷隆はいたずらっぽく、静かに、と目で訴える。
「あ。申し訳ございません」
そう、捷隆はお忍びなのだ。
捷隆は人ごみから外れるように歩き出した。
「あれから大丈夫だったか?」
「はい、おかげさまで。あのあとはもうまっすぐ屋敷に戻りました」
それならよかった、と捷隆はうなずいた。
「今日は?」
「今日はさすがにわたし一人です」
さすがに、と言ったのは、雪華のほうは「輿入れが間近だから」という意味だった。
だが捷隆は、違う意味でとったらしい。
「そうだな、さすがに今日もはぐれるわけにはいかないだろう」
「ああ、ええ、それもそうなんですが…」
どうしようかと思った。
話してしまおうか。
やはり、再び会った以上、きちんと名乗って話すべきだろう。
第一、捷隆のほうは身分を明らかにしているのに、こちらが名乗らないのは無礼だろう。
数日後には明らかになるとしても。

「お嬢さまは、お輿入れが間近でして」
「ふうん?」
「申し遅れました。わたし、雪華と申します。お嬢さまは茜姫さまとおっしゃいます。謝徳秀さまのお嬢さまです」
「え?」
と言ったのは、江黎明のほうだった。
「捷隆さま、なんという偶然でございましょう」
驚いていたのは、江黎明だった。
当の捷隆はといえば、それを聞くと、なぜか顔を凍らせてしまったのだ。
それまで穏やかな表情だったのに、その顔からふっと暖かさが消えた。
だがそれはほんの一瞬だった。
「そうか」
そう言ったときは、これまでのように温和な笑みを浮かべていた。
「本当に偶然だな。じゃあおまえは、彼女に仕えて?」
「はい。今回も、ご一緒させていただくことになっております」
「おまえも宮中に?」
「はい」
「そうか…。先日も一緒だったし、今回も一緒ということは、おまえは随分と信頼されているようだ。彼女に仕えて長いのでは?」
「ええ、小さい頃からなんです。その…もともとわたしはみなしごでして、それを旦那様が引き取ってくださって、それ以来なんです」
「ほう?」
捷隆は、雪華に興味を示したようだった。
本当なら茜姫のことを話すべきなんだろうと思いつつも、雪華は問われるがまま自分のことを話して聞かせた。

気がついたら都の片隅の酒楼にいたこと。
おそらくは人さらいにさらわれたのではないか、ということ。
謝徳秀と出会い、引き取ってもらったこと。
「雪華という名は?親がつけた名か?」
「いいえ、たぶん違うと思います」
「そうか…。だが、親は今でもおまえを探しているだろうに。謝徳秀は探してはくれなかったのか?」
「もちろん探し出そうとしてくださいました。でも見つからなくて…。なにしろ、わたしは親や家族のことをほとんど覚えていないんです」
「そうか」
捷隆は残念そうに首を振った。
「他に何か手がかりがあればいいんだが」
「捷隆さま、わたしは大丈夫です。旦那様はとてもよくしてくださいますし、いまさら親など見つからなくても。ご心配ありがとうございます」
雪華が笑うと、捷隆もほほ笑んだ。
本当に、人を暖かくするほほ笑みだ。

ただ、先日よりも疲れているような気がする。
もしかして皇帝の具合が、だいぶよくないのだろうか。


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