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金の過去 銀の未来

まさか、太子本人がこんなところにいるなんて。
どうしてこんなところに?

いや、それはともかくとして。
あの人が、茜姫の嫁ぐ相手なのだ。
噂どおり立派な、そして優しい人物ではないか。
「茜姫さま」
雪華は茜姫の隣に戻ると、もう帰りましょうと言った。
「茜姫さま、大丈夫でございます。茜姫さまは必ずお幸せになれますよ」
「やめて、またそのお話?」
「またではございますが、今はこれまでとは違います。わたし、捷隆さまにお会いしたんです。お会いした上で申し上げているんです」
「捷隆さまにお会いした…?」
帰り道で、雪華は今のことを話して聞かせた。
すると茜姫は、はぐれて心配をかけたことについては雪華に謝ったものの、捷隆が一緒に探してくれたことに関しては、何にも感じないようだった。
「お優しい方でございます。わざわざ一緒に探してくださるなんて」
「そうね…」
そうね、と言いながら、茜姫の表情はさえない。
「茜姫さま」
「わたし、そんなことはどうでもいいのよ。だって、優しかろうが冷たかろうが、わたしは嫁がなければならないんだもの…」
「そうだからこそ、お優しい方で何よりではございませんか」
「そう?…」
茜姫は、嫁ぐということ自体に気乗りがしないのだろう。
でも、あの人柄に触れたらきっと、茜姫も自分の幸せを感謝するに違いない。
と、思うのだけど…。

雪華は、念のために謝徳秀に今日のことを報告しておくことにした。
その夜、帰邸した謝徳秀に話して聞かせると、彼も驚いたようだった。
「なんと、捷隆さまが?」
「はい。本当にお優しい方でいらっしゃいますね」
茜姫とはぐれたことについて、もちろん雪華は謝罪したが、謝徳秀はそれに関しては不問だった。
「でも、捷隆さまがどうしてあんなところに?」
「捷隆さまは普段からよくお忍びで街を散策されるから、それだろう」
なるほど。
「一緒にいた同じ年頃の青年は捷隆さまの側近だ。宰相の江順育(こう・じゅんいく)さまのご子息で、黎明(れいめい)という。側近といっても、友人に近い仲のよさだな。それでおまえ、捷隆さまには茜姫のことを話したのか?あれが茜姫だと」
「いいえ、それは話しませんでした。そのときは気が動転してしまっていて…。それに、話してよいものか…」
「ふむ、まあ、話さなかったのならそれはそれで。話したとしてもそれはそれで。だがそうか、おまえも捷隆さまのお人柄に触れたのか。素晴らしい方だろう」
雪華は大きくうなずいた。
「ですが、それを茜姫さまにもお話したのですが、どうにも…」
謝徳秀は、今はそれはいいと首を振った。
「しかし、よく、とは言ったが、捷隆さまのお忍びも最近めっきり聞かなくなっていたな。合間を見て出歩いていらっしゃるのか。まあ、それくらいの息抜きがないと…毎日お忙しくていらっしゃるから。何しろ陛下のご体調が、最近あまり芳しくなくてな。捷隆さまが毎日陛下の代わりに政務をご覧になっていらっしゃる」
皇帝の体調は、雪華も耳にしていた。

謝徳秀のもとを辞してから、雪華は茜姫のところへ向かった。
茜姫はいまもぼんやりと窓辺にたたずみ、暗い庭先を見やっていた。
「ああ、雪華…」
「茜姫さま、今日は久しぶりに街へ出てお疲れでございましょう、早くお休みになっては」
「そうね…」
茜姫はほほ笑んでうなずいた。
「…ねえ雪華」
「はい?」
「わたし、いまずっと考えていたのだけど。もうこうなった以上、今回のことは受け入れるしかないのよね。これがわたしの運命なのよ」

 『おまえはいつか必ず皇后になる。それがおまえの運命なんだよ』

「運命、でございますか…」
「ええ、そう考えるよりほかにないわ。そう考えて、自分を納得させるしか」
「……」
茜姫の顔は、これまでより多少はふっきれたものだった。
捷隆の優しさを聞いたせいもあるのだろうか、とも雪華は考えた。
だが恐らくはそうではなく、単に無理やり自分を納得させただけのようだった。

太子に嫁ぐのが茜姫の運命だとしたら、自分の運命は何なのだろうか。


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あきゅろす。
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