金の過去 銀の未来 参 謝徳秀のところから茜姫のもとへ向かおうとした雪華は、他の侍女に頼まれごとをされた。 「ああ、雪華、いまちょっといいかしら?」 「どうしたの?」 「いま、みんな手がふさがってて。悪いけど、市場へ買い物に行ってきてくれないかしら」 雪華は二つ返事でうなずいた。 そうだ。 市場へ行ったら、何か茜姫が喜びそうなものがないか見てこよう。 「茜姫さま」 出かける前に、雪華は茜姫のところへ顔を出した。 茜姫は相変わらず浮かない顔でぼんやりとしていた。 「ちょっと買い物に行ってまいります。ついでに、何か面白そうなものがないか、見てきますね」 「そう…」 茜姫は興味なさそうにうなずいた。 だが、すぐにぱっと顔を輝かせたのだ。 そして慌てて椅子から立ち上がると、雪華のほうへやってきた。 「ねえ雪華、じゃあわたしも一緒に行く」 「え?」 「お願い。わたしも連れて行って」 「は?」 雪華は一瞬面食らったが、すぐに首を横に振った。 「いけません、茜姫さま。こういうときなのですし、軽々しく街へお出になるなんて」 「こういうときだからこそ、よ。ね?宮中に入ったら、もう簡単に街に出るわけにも行かなくなるわ。いまのうちに、ね?」 「いけません。どうしてもとおっしゃるなら、あとで馬車を仕立てて参りましょう」 「ううん、馬車だったらいらない。今、あなたと一緒に歩いて行ってきたいのよ。歩いて街へ出るなんて久しぶりだもの」 「だめです」 「……」 茜姫は顔を曇らせた。 その悲しそうな顔に、雪華の心も揺らいだ。 茜姫と二人で街に出るのは、これが初めてのことではない。 太子妃の話が出る前は、時々二人で一緒に街へ出て、散歩をしたものだった。 それに何より、茜姫の言うことももっともだ。 宮中に入ったら、簡単に街へは出られまい。 「…わかりました」 雪華が承諾すると、茜姫は満面の笑みを浮かべた。 茜姫の晴れやかな笑みを、雪華は久しぶりに見る。 まあいいか、と思った。 最近めっきり落ち込んでいた茜姫が、こんなことで喜んでくれるなら。 夕方が近づいた市場にはたくさんの人が出ている。 たまにしか街に出ない茜姫は、周囲を興味深そうに見回している。 「茜姫さま、絶対にはぐれないでくださいませ」 「ええ、大丈夫」 時には手を引き、背を押し、雪華は茜姫のことを気にしながら人ごみの中を進んでいた。 だが市場は、肩と肩がぶつかるくらいの混雑だ。 すれ違うのもやっとというのに、茜姫はきょろきょろしながらあっちを見たりこっちを見たり、すぐに雪華の視界から消えようとする。 そのたびに雪華は息が止まる思いだ。 そして、それは一瞬のうちの出来事だった。 一瞬、ほんの一瞬茜姫から目をはなした隙に、茜姫の姿は人ごみの中に消えてしまったのだ。 雪華は、顔から血の気が引くのが自分でもわかった。 「せ、茜姫さま!?」 どうしよう! どうしようとはいえ、とにかく探さねばならない。 雪華は青い顔で探し始めた。 だが、周辺にはいない。 一体どこに行ってしまったのか。 そう遠くへ行くはずはない。 茜姫だって、雪華からはぐれたと知れば、向こうも雪華を探すだろう。 探せば見つかるはず。 [*前へ][次へ#] [戻る] |