[携帯モード] [URL送信]

金の過去 銀の未来

謝徳秀のところから茜姫のもとへ向かおうとした雪華は、他の侍女に頼まれごとをされた。
「ああ、雪華、いまちょっといいかしら?」
「どうしたの?」
「いま、みんな手がふさがってて。悪いけど、市場へ買い物に行ってきてくれないかしら」
雪華は二つ返事でうなずいた。
そうだ。
市場へ行ったら、何か茜姫が喜びそうなものがないか見てこよう。
「茜姫さま」
出かける前に、雪華は茜姫のところへ顔を出した。
茜姫は相変わらず浮かない顔でぼんやりとしていた。
「ちょっと買い物に行ってまいります。ついでに、何か面白そうなものがないか、見てきますね」
「そう…」
茜姫は興味なさそうにうなずいた。
だが、すぐにぱっと顔を輝かせたのだ。
そして慌てて椅子から立ち上がると、雪華のほうへやってきた。
「ねえ雪華、じゃあわたしも一緒に行く」
「え?」
「お願い。わたしも連れて行って」
「は?」
雪華は一瞬面食らったが、すぐに首を横に振った。
「いけません、茜姫さま。こういうときなのですし、軽々しく街へお出になるなんて」
「こういうときだからこそ、よ。ね?宮中に入ったら、もう簡単に街に出るわけにも行かなくなるわ。いまのうちに、ね?」
「いけません。どうしてもとおっしゃるなら、あとで馬車を仕立てて参りましょう」
「ううん、馬車だったらいらない。今、あなたと一緒に歩いて行ってきたいのよ。歩いて街へ出るなんて久しぶりだもの」
「だめです」
「……」
茜姫は顔を曇らせた。
その悲しそうな顔に、雪華の心も揺らいだ。

茜姫と二人で街に出るのは、これが初めてのことではない。
太子妃の話が出る前は、時々二人で一緒に街へ出て、散歩をしたものだった。
それに何より、茜姫の言うことももっともだ。
宮中に入ったら、簡単に街へは出られまい。
「…わかりました」
雪華が承諾すると、茜姫は満面の笑みを浮かべた。
茜姫の晴れやかな笑みを、雪華は久しぶりに見る。
まあいいか、と思った。
最近めっきり落ち込んでいた茜姫が、こんなことで喜んでくれるなら。

夕方が近づいた市場にはたくさんの人が出ている。
たまにしか街に出ない茜姫は、周囲を興味深そうに見回している。
「茜姫さま、絶対にはぐれないでくださいませ」
「ええ、大丈夫」
時には手を引き、背を押し、雪華は茜姫のことを気にしながら人ごみの中を進んでいた。
だが市場は、肩と肩がぶつかるくらいの混雑だ。
すれ違うのもやっとというのに、茜姫はきょろきょろしながらあっちを見たりこっちを見たり、すぐに雪華の視界から消えようとする。
そのたびに雪華は息が止まる思いだ。
そして、それは一瞬のうちの出来事だった。

一瞬、ほんの一瞬茜姫から目をはなした隙に、茜姫の姿は人ごみの中に消えてしまったのだ。
雪華は、顔から血の気が引くのが自分でもわかった。
「せ、茜姫さま!?」
どうしよう!
どうしようとはいえ、とにかく探さねばならない。
雪華は青い顔で探し始めた。
だが、周辺にはいない。
一体どこに行ってしまったのか。
そう遠くへ行くはずはない。
茜姫だって、雪華からはぐれたと知れば、向こうも雪華を探すだろう。
探せば見つかるはず。


[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!