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金の過去 銀の未来
二十九(完)
雪華が気がついたときには、自分はいつの間にか部屋に戻っていた。
知らない間にいろいろな話が着々と進んでいるようだ。
黎明がやってきて、本当によかったと嬉しそうに言った。
「それでひとまずは、家に帰らせていただけるそうだよ。母上も大喜びだ。準備が出来るまでもう少しここで待っておいで。すぐに捷隆さまも見えよう」
兄の言葉に雪華はとりあえずうなずく。

部屋の周囲を人がばたばたと行き来する。
ああ、そうだ。
家に帰らせてもらえるというのなら、あの金の腕輪も持って帰ろう。
自分の過去を教えてくれた大切なものなのだから。
そう雪華が思って立ち上がったとき。
「捷隆さまがお見えになりました」
扉の外から声が掛かり、捷隆がやってきた。
「捷隆さま…」
雪華のもとにやってくるとき捷隆は、雪華を見るといつもまずは笑っていた。
ほがらかな笑みを浮かべていた。
見る者の心まであたたかくなるような笑顔を。
だが、今は違った。
雪華を見るやいなや、両の腕を伸ばして抱き寄せたのだ。

「雪華…」
あたたかい腕の中。
この腕の中で目を閉じる日は、もう二度と来ないと思っていたのに。
胸元に頬を寄せると、捷隆の鼓動が感じられる。
耳元で何度も名前がささやかれる。
「夢を見ているようです。いいえ、こんな日が来るなんて夢にさえ思わなかったのに」
「夢なものか」
捷隆は雪華からそっと腕をはなすと、その手をとった。
手首には銀の腕輪が輝いている。
「これからはずっと一緒だ。この先、ずっと」
いま捷隆は、とった手を決して離さなかった。
手をしっかりと握ったまま、雪華の唇にそっと自分の唇を寄せた。

 『必ず宮中から迎えが来る』
あの時、老婆は確かにそう言った。
雪華はその日のうちに、江順育の屋敷に帰ることになった。
三日後、宮中から迎えが来るという。
謝徳秀も江順育も涙を流して喜んだ。
茜姫もまた、別の嫁ぎ先がすんなりと決まったそうだった。


皇帝は間を置かず捷隆に譲位した。
そして雪華は、皇后となった。


〔完〕


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あきゅろす。
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