[携帯モード] [URL送信]

金の過去 銀の未来
二十六
話をしながら戻ると、すぐについてしまう。
部屋にはいま、皇帝だけがいた。
「父上、珍しいものをわざわざありがとうございます。父上はもうお召し上がりになりましたか?」
「いや、実はまだなんだ。ああ、じゃあせっかくだからおまえもここで一緒に食べていきなさい。雪華も」
皇帝がそう言うならと、雪華は人を呼び、果物を準備させた。
老宦官がやってきて、ではすぐに準備させましょうと言う。
部屋の中では捷隆が笑っている。
「父上、ここでいただけるのでしたら、わざわざ雪華を寄越してまで私にくださらなくとも」
「ああ、それは確かにそうだな」
枕元の椅子に腰を下ろした捷隆から、雪華は離れて立った。
すぐに果物は準備される。
捷隆が雪華におまえも座るようにと言い、自分の椅子を雪華に譲る。
雪華が遠慮する間に、自分は別の椅子を持ってきてその隣に座る。
そこまで見て、雪華も椅子に腰を下ろす。
果物を、まずは皇帝と捷隆が先に口にし、おいしいと言う。
「雪華も早く食べなさい。おいしいから」
そう言ったのは捷隆だ。
その言葉に雪華も口にし、その通りですねと捷隆を見て笑う。
それから皇帝に、おいしいと言う。
「これはどちらでとれる果物なんですか?南方と言っていましたが」
雪華は、なるべく皇帝に話しかけるようにした。
だが、ついつい目は捷隆にいってしまう。
皇帝も、なぜだか自分では答えずに捷隆に答えさせる。
捷隆が答えるので、雪華の顔は当然話している捷隆のほうを向く。
雪華の問いに答えるのだから、捷隆も雪華を見ている。

捷隆と話しているときが、今の雪華には一番楽しいときだった。
心安らぐときだった。
毎日朝起きると、今日はいつ来てくれるだろうかと思い、眠る前には、今日来てくれたときのことを一通り思い出してから休む。
捷隆の顔の動き、手の動き、声の様子。
本当は、一日中一緒にいたいのに。
朝から晩までずっと一緒にいられれば、他には何も望まないのに。
でも、それが一番望めないことなんて。
いまだって、この果物を食べ終えたら、捷隆は行ってしまうだろう。
そうしたらきっと、今日はもう会えないだろう。
また明日だ。
だからせめていま、捷隆の姿を目に焼き付けておきたい。
楽しそうに話す様子。
おいしそうに口に運ぶ様子。
ほがらかな笑顔。
「…父上?」
それまでにこやかだった捷隆の顔が不意に真顔になり、雪華はどうしたのかと彼の視線を追った。
捷隆は父帝を見やっていた。
皇帝は、つらそうに顔をしかめ、二人から目をそらしてしまっていた。
「どうかなさいましたか?」
「陛下?」
「わしは、取り返しのつかないことを…」
「取り返しのつかない?急にどうなさったんですか?」
すると、まるで部屋の様子を見ていたかのように、老宦官がやってきたのだ。
そして皇帝のそばに駆け寄ると、こちらもまた涙を浮かべんばかりにして声をかけたのだ。
「陛下、わたくしの申し上げた通りでございましたでしょう」
皇帝は真っ青な顔でうなずいた。
「父上、お顔の色が。侍医を呼びましょうか」
それに皇帝は首を振った。
「なぜおまえがあのとき、ああも反対したのか、もっと考えるべきだった。わしはおまえから、一番大切なものを奪い取ってしまったのだ」
「父上…?」
皇帝は捷隆を見つめ、それから雪華を見やった。
「一番大切なものをな」
それで捷隆は気付いたようだった。
一瞬、息を飲んだ。
「捷隆さま、陛下をお責めにならないでくださいませ」
老宦官が言う。
「わたくしがいけないのでございます。わたくしがあのとき、雪華さまに気がついたことが。あのとき陛下に申し上げなければ、今頃は…」
あのとき、最初に自分に目を留めたのは老宦官のほうだったのだ、と雪華は思っていた。
老宦官が気付き、皇帝に声をかけたのだ。


[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!