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金の過去 銀の未来

「雪華、旦那様がお呼びよ」
雪華が茜姫の輿入れ道具を整理していると、年かさの侍女に呼ばれた。
それで急いで謝徳秀のもとに向かうと、彼は書斎で書き物をしていたところだった。
「ああ雪華」
雪華が入っていくと、謝徳秀は筆をおいた。
「茜姫の様子はどうだね」
「ええ、相変わらずでございます。毎日浮かない顔をしておいでで…」
「そうか」
謝徳秀は、仕方がないなと言いたげに首を振った。
「それより、前にも言ったと思うが、おまえも茜姫について宮中に入ってもらうから」
「はい。承知しております」
「幼いころから一緒だったおまえがいれば、茜姫も多少は気が休まるだろう。おまえにはこれまで長いこと茜姫の世話をしてもらったが、これからもよろしく頼む」
「もったいないお言葉でございます。わたしこそ、いつも茜姫さまにはお目を掛けていただきまして感謝しております。これからも精一杯お仕えいたします」
謝徳秀はうなずいた。
そして、雪華から目をそらしてほほ笑んだ。
「…そうか、そういえばおまえがこの屋敷に来て、もう十年になるか」
「旦那様にはどんなに感謝してもしきれるものではございません。あのとき、旦那様に引き取っていただかなかったら、わたしは今頃どこで何をしていたことか」
「いや、あれはわしが悪かったのだから」
「とんでもない。孤児だったわたしをお引き取りくださって、もったいなくもお嬢さまのお話し相手にしていただき、何不自由なく過ごせるようにしてくださって…」

十年前、雪華は謝徳秀に拾われたのだ。

雪華はみなしごだった。
物心ついたときには、都の場末の酒楼で働いていた。
酒楼の主人が、人買いから自分を買い取ったらしかった。
人買いの手にあったということは、自分はどこかの家からさらわれたのだろうと思うが、実の両親の記憶はほとんどない。
その日雪華は、主人に言われた用足しのために都の町を一人で歩いていた。
すると、馬車に引かれそうになったのだ。
馬車の主は謝徳秀。
雪華は危ういところで命拾いはしたものの、怪我をしていた。
謝徳秀は彼女を自分の家まで連れ帰り、手当てをしてやっただけではなく、みなしごだと知ると屋敷の侍女として引き取ってくれたのだ。
同じ年頃の自分の娘、茜姫のよい話し相手になるだろうと。

「だが、わしはおまえにも幸せになってほしかった。もしも茜姫が宮中になんぞ入らなかったら、おまえにもよい嫁ぎ先を見つくろってやるつもりだったが…。それにおまえの親も、いまだに見つけることができず…」
謝徳秀は、引き取ってくれただけではなく雪華の家族も探し出そうとしてくれたのだが、さらわれてから年数が経過していたこともあり、見つからなかった。
「旦那様、わたしのことはお気になさらないでください」
雪華は笑って首を振った。
「わたしは大丈夫です」

 『おまえはいつか必ず皇后になる。それがおまえの運命なんだよ』

それが自分の運命だなんて、ばかげている。
誰がどう考えても、皇后となるのは、茜姫のような令嬢こそがふさわしいではないか。
あの老婆の見立てはよく当たると評判だったそうだが、自分に関しては当たらなかったのだ。


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