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金の過去 銀の未来
十九
さて、雪華がやってきてから、皇帝の体調はだいぶ落ち着いたようだった。
悪化の一途をたどっていたという感じだったのが、すっかり安定したのだ。
周囲も安堵していたし、捷隆もそれにはほっとしていたようだった。
その日も皇帝は機嫌も体調もよく、寝台の上で体を起こし、枕元に腰を下ろした雪華と、その傍らに立つ老宦官と話をしていた。
「そうだ今度、皆で離宮に行こう。桃葵も結局は、一度しか連れて行ってやれなかった」
「離宮でございますか?どちらにあるんですか?」
雪華の問いに、皇帝は上機嫌で答えた。
「馬で二日ほどだ、なに、馬車に揺られていればすぐに着く。あそこの庭園の景観は素晴らしい。ここは捷隆に任せておればよいのだから、ゆっくり滞在しよう」
二日。
往復で四日。
さらに、ゆっくり滞在?
ゆっくりとは、どれくらいだろう。
一週間?十日?
それとも、ひとつき?
その間は、捷隆とは会えないのだ。
そう考えると、雪華の表情がかげる。
「雪華?」
「い、いいえ。さようでございますか。それは楽しみでございます」
雪華が笑ってそう言うと、そうだろう、と皇帝はうなずく。
老宦官も口をそろえる。
「久しぶりでございますね。本当に、あのお庭の素晴らしさと申しましたら。雪華さまもきっと驚かれますよ」
「あの景色を雪華にも見せてやりたくて」
雪華はほほ笑む。
それしか自分には許されないことを、雪華はよくわかっている。
だがそこで、老宦官がふと言ったのだ。
「ですが陛下、お二方そろってここをお留守になさっては、ひょっとしたら捷隆さまがお寂しゅうございましょうか」
「ああ、捷隆は大丈夫だ」
皇帝は、捷隆を大変信頼していた。
だからこそ、すべてを捷隆に任せているのだ。
しかし皇帝は、そう言ったあと首をかしげた。
「しかし、そうだな。捷隆といえば、いつまでも女をそばに置かないのは問題だ。気に入った女がいれば寂しく思う間もなかろう。先日は急に輿入れを延期させたあげく、あれは結局なかったことになったとか?謝徳秀の娘は昨今まれに見るよい令嬢だったそうなのに。いまからでも話を進めさせてはどうか。雪華、おまえからも謝徳秀にそれとなく話をしておきなさい」
「……」
雪華の目が思わず泳ぐ。
しかし、皇帝も老宦官もそれには気付かずに話を続けた。
「さようでございますね。それに捷隆さまのもとには、ぜひわが娘をとお考えの方がそれとなく日参していらっしゃるのに、捷隆さまはお気を留められないとか。以前はそれで、周囲のご意見をお聞きになってすんなりと謝さまのご令嬢にお決めになったのに、いまはなぜだかその件に関しての話はかたくなにお聞き入れにならないそうでございますよ」
「一体どうしたのか。もしも心に思う女がいるのであれば、すぐにでもそばに上がらせればよいものを。それが出来る立場なのだから」
「まったくさようにございますね」
皇帝も老宦官も、腑に落ちないという顔をする。
「わしはもう、いつ捷隆に位を譲ってもよいと思っているのだが、その点だけが気がかりだ。早く妃を迎えてわしを安心させてほしいものだ。雪華からも、わしがそう言っていたとそれとなく話をしてみなさい。おまえは捷隆の母親に当たるのだから」
雪華はほほ笑んでうなずいた。
自分には、ほほ笑んでうなずくことしか許されないのだ。
よくわかっている。
どんなに悲しくても、寂しくても、そうするしか許されないのだ。
どんなにつらくても。
涙が出るほどつらくても。
「譲位したら、皆で離宮で過ごそう。位を譲ってもなお、わしがここにいては捷隆も気が休まらないだろうし」
皇帝の言葉に、老宦官が一部を否定する。
「おや陛下、気が休まらないということはございませんでしょう。それこそお寂しゅうございましょうに。ですが、離宮でのんびりお過ごしになるのはようございますね」
「そうだろう」
「それにしても捷隆さまは、日に日に陛下にそっくりになっていらっしゃいますね。徳のおありになるところもそうでございますし、見た目もお若いころの陛下にそっくりでございます」
「そうだな、それはわしもそう思う。時々、昔の自分を見ているような錯覚に陥るくらいだ」
二人はそう言い合って笑う。
雪華もほほ笑みながらうなずいていたが、もうその話は耳には入ってきていなかった。
笑っていないと涙が出てきそうだったから、笑っていただけだった。


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