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金の過去 銀の未来
十六
二人を見送ると、宦官がやってきた。
「お部屋へご案内いたします」
そう言う宦官に連れられて、雪華は廊下を歩き廻廊を渡り、別の建物に向かった。
そして、広々とした一室に案内された。
大理石の床に、ともされた明かりが反射している。
薄絹のとばりがめぐらされた大きな寝台。
すぐに侍女がやってきて、何かすることはないかと気にかけてくれる。
もう休もう、と雪華は思った。
もう何もしたくない。
ただただ、休みたい。
休むと伝えると侍女たちが寝支度を手伝ってくれようとする。
それを雪華はやんわり断って、一人で夜着に着替えようとして、ふと気付いた。
手首にあった銀の腕輪に。
今の今まで、忘れていた。
それどころではなかったせいもあるし、それほどまでになじんでいたのかもしれない。
雪華はそれをじっと見つめた。
そのとき、扉の外で宦官の声がしたのだ。
「申し訳ございませんが、雪華さまはもうお休みに…」
誰かが会いに来たのだ。
誰だろう?
「明かりがついているのだから、まだ寝てはいまい。話があるだけだ」
そういう声は、捷隆のものだったのだ。
「いくら捷隆さまでも、お通しするわけにはまいりません」
雪華は慌てて扉を開けた。
廊下の向こうには、昼間と同じ衣装のままの捷隆がいた。
宦官に自分の意を断られているのに、特にそれに怒るそぶりはない。
扉が開いた音に、宦官が振り返った。
「雪華さま」
「お通ししてください」
「ですが、こんな時間に…」
「大丈夫」
捷隆は笑った。
それは、雪華が知っている捷隆の笑顔だった。
「おまえたちに絶対に迷惑はかけない。すぐに済むから」
宦官はあきらめたようだった。
捷隆を中にいれ、雪華も入れて外から扉を閉めてくれる。
「捷隆さま、お茶をお持ちいたしましょうか」
「いや、いい。すぐに戻るから」
すぐに戻るから。
その言葉が寂しくて、雪華は思わず落胆した。
落胆して、目を伏せた。
「雪華」
捷隆が名前を呼んでくれる。
それに雪華は目を上げた。
捷隆は笑っていた。
それを見ただけで、心があたたかくなるようなほがらかな笑顔。
寂しくてしおれてしまった心が、それだけで再び立ち直るのがわかる。
雪華もほほ笑んだ。
そのほほ笑みを見て、捷隆は窓辺にあった椅子に腰を下ろす。
雪華は、そのそばに立った。
なるべく近づかないように。


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あきゅろす。
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