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金の過去 銀の未来
十五
その夜、皇帝が就寝するのを見届けてから、雪華はようやく部屋を辞した。
すると、まずは謝徳秀が会いにやってきているという。
雪華はひとまず、手近の小部屋で謝徳秀と会った。
「旦那様、茜姫さまの件はどうなりましたか?」
「延期するとおっしゃって。だが、それは今はよい」
謝徳秀は言った。
「おまえ、本当によいのだな?明日付けでおまえは皇后になる」
雪華はうなずいた。
「まあもっとも、嫌と言ってもどうしようもないのだがな。茜姫の件も、おそらくは延期ではなく、一度白紙に戻るだろう」
「白紙に?」
「何しろ捷隆さまのご機嫌がすこぶるよろしくなくて。あんなに不愉快そうな捷隆さまを拝見するのは初めてだ。いつもご自分を厳しく律していらっしゃる方なのに。あれではご自分のことどころではなかろう。…それに」
謝徳秀はつぶやいた。
「白紙になって、安堵したのも事実だ。茜姫があんなに気が進まないものを無理に輿入れさせることもあるまい」
「……さようでございますね」
雪華はうなずいた。
「それにもしや、捷隆さまはおまえのほうを随分とお気に召して…」
雪華は首を振った。
「そんなことはございません。そんなおそれ多いこと」
「だがあのご執着ぶり。…しかし、こうなった以上、捷隆さまとて陛下には逆らえまい」
謝徳秀はため息をつくと、窓の外を見やった。それから雪華を悲しげに見つめ、ほほ笑んだ。
「ああ、せめて、おまえは実の親との再会を喜びなさい。それくらい、してもよかろう」

謝徳秀と入れ代わるように、江順育がやってきた。
彼は黎明も連れてきていた。
雪華の父と兄だった。
「捷隆さまが、一緒に行くようおっしゃってくださってね」
江順育が言い、黎明がうなずく。
「明日にでもおまえのお母様をここに来させよう。連絡をしたら、泣いていたそうだよ」
もちろん、自分だって泣きたくなるほどにうれしいことだ。
でも気分は晴れない。
それは二人も同じようだった。
「だが、よもやこういうことになるなんて。捷隆さまはどうなさっている?」
江順育の問いに、黎明が答えた。
「今はもう普段どおりにしておいでですが…。私は、あんな捷隆さまを初めて目にいたしました。陛下のお心に反してまで、あんなにご自分のお気持ちを通そうとなさるなんて」
「確かにそうだな。そう、雪華、聞いたかね?謝徳秀の令嬢の輿入れはなくなったそうだ」
「そうですか…」
黎明が言った。
「もともと、まったく気乗りはなさっていないようでしたが…。どなたのご令嬢でも構わなかったようですし、ただただ、誰かを迎えないと、というだけで。それが義務だからそうなさるだけであって」
彼はそこで笑うと、父親に向かって話した。
「あの日。この子を市場で見つけて、家まで送る途中、捷隆さまはずっとこの子とお話しになっているんですよ。この子と一緒に、それもこの子のことだけを。この子が謝さまのおうちの子だと耳になさったのに。普通でしたら、もう少しご令嬢のことをお尋ねしてもよろしいのに」
「それは…」
江順育はじっと黎明を見つめたあと、悲しそうに目を伏せた。
「しかし、あの老婆の言葉は、これで当たったのだな…」


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