金の過去 銀の未来 十三 「十年前、酒楼で働いていた頃の話です。やはり、占術を扱うおばあさんに言われたんです。『おまえはいつか皇后になる』と」 捷隆は、そう言った雪華を見やった。 「皇后に?」 「ええ」 「……それで、おまえはそれを信じるのか」 「わたしも、今までは信じてはおりませんでしたが、こうなった以上…」 捷隆は首を振った。 「たかが占術に振り回されてどうするんだ。おまえを皇后になんてばかげている。普通の侍女としてそばに置けば十分だ」 すぐに宦官が、雪華の荷物から腕輪の入った箱を持ってきた。 それを見た宰相は、絶句したあと目に涙を浮かべた。 雪華の親はやはり、現在の宰相だったのだ。 「しかし、それなら道理で似ておられるはずだ」 「ええ、似ていらして当然だ」 一座がざわめく。 「江さまのお嬢さまということは、すなわち桃葵さまの姪御なのだから」 「捷隆さま」 そのとき、皇帝に仕える老宦官が慌てたようにやってきた。 「陛下がお気がつかれました。それで…」 彼は、ちらっと雪華を見やった。 「雪華さまをお呼びするようにと…。それと」 老宦官はそこで口ごもった。 「どうした」 「雪華さまを皇后とする旨、捷隆さまにお伝えするようにと」 「父上はまだそのようなことを」 捷隆は立ち上がった。 「俺から説得する」 老宦官に先立ち、捷隆は広間を出て行った。 「では雪華さまもお早く」 そのあとから老宦官も、雪華を急かした。 だがその雪華に、謝徳秀が声をかけたのだ。 「雪華。…おまえならわかると思うが、おまえから、捷隆さまをご説得申し上げなさい」 「わたしからご説得…?」 「おまえを皇后にすること、それに反対なさっているのは捷隆さまだけだ」 「……」 部屋をそっと見回すと、確かに、謝徳秀の言葉に皆うなずいている。 江順育もうなずいた。 「捷隆さまのおっしゃることもわからないでもない。皇后となったなら、もうおまえには他の未来は選べない。陛下にお仕えする以外、何も出来ないのだからな。だが、…」 そこで江順育は言った。 「それで困る者は、誰もいないはずだ。むしろ、このくらいのことで大騒ぎするほうが困る」 雪華はうなずいた。 そう、それで困る者はいない。 ただ、皇后となったならば、もう自分は身動きは取れない。 一生その身分はついて回る。 要するに、万々が一皇帝が他界したとしても、自分は決して他の誰かと結ばれることはないのだ。 それは許されないのだ。 でもいいのだ。 これで。 自分だけ我慢すればよいのだ。 いや、我慢だなんて無礼だろう。 それに捷隆だって。 茜姫もやってくることだし、茜姫のためにも、自分はいないほうがいいのだ。 『おまえはいつか必ず皇后になる。それがおまえの運命なんだよ』 そのとおりではないか。 「わたしは、陛下のおっしゃるとおりにいたします」 老宦官が涙ぐんだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |