金の過去 銀の未来 十 建物のほうに戻ると、江黎明が捷隆を探していたところだった。 「捷隆さま、謝さまがお見えです」 そう言う彼の背後には、謝徳秀がいた。 「ああ…。これから父上のところに行くんだろう?」 「ええ、ご挨拶を。ああ、ちょうどいい、雪華も一緒に来なさい」 「はい…?」 謝徳秀が、皇帝に挨拶に行くという予定は雪華も知っていた。 だが、自分も一緒に行くとは雪華は知らなかった。 捷隆も一緒に行くと言う。 「まずはおまえに話しておきたくて」 と、謝徳秀は言った。 「おまえから茜姫に話してやっておくれ。……陛下はここのところ、お体の調子がいたくすぐれなくてな」 捷隆もうなずいた。 「おまえと初めて会ったあのとき。黎明は、それを伝えにやってきたんだ。父上が倒れられたとな」 「そんなに……」 「ここ数年、確かにあまり体調は芳しくなかったが、最近になって特にお悪くなって…」 誰もはっきりとは言わないのだが、皇帝の体調はだいぶ悪いようだった。 はっきり言わない、というところが、体調の悪さを表していた。 悪くないならば、そうはっきり言うだろう。 雪華は三人に連れられるように、皇帝の住まう建物までやってきた。 そして、捷隆と謝徳秀が皇帝の部屋に入っていくのを、その扉の脇で見送っていた。 江黎明も一緒に中に入る。 三人はすぐに出てきた。 扉の隙間から見えたのは寝台だった。 ここは皇帝の寝室なのだ。 もう、起き上がれないということなのだ。 扉が最後、静かに閉まろうとした。 だがそのとき、閉まりかけた扉が中から再び開いたのだ。 「捷隆さま!」 出てきたのは老宦官だった。 おそらく、皇帝の身辺の世話をしているのだと思われた。 「お待ちください!」 「どうした?」 「こ、こちらの方は…?」 老宦官が示したのは、雪華だった。 「茜姫の侍女だが、どうかしたのか?」 「それが、陛下が…。いえ、わたくしもでございますが…」 老宦官の顔は青ざめている。 「どうかしたのか?」 そのとき、部屋の中から声がしたのだ。 「捷隆」 捷隆を呼び捨てにする人物は、父親である皇帝しかいない。 捷隆はどうかしたのかと部屋の中に戻ろうとした。 だが、すぐに驚いたように駆け出したのだ。 「父上!起きられては!」 「あの娘は…」 「彼女がどうかしたのですか」 「ここへ、ここへ連れて来なさい」 「雪華がどうかしたのですか?」 謝徳秀が、その場にいる老宦官に尋ねる。 尋ねながらも、皇帝の命令のとおりに雪華を連れて室内に舞い戻った。 雪華の目に、真っ白な着物を着た皇帝が映った。 寝台に体を起こしているのだが、それを捷隆が横たえようとしている。 皇帝は、雪華を見つめていた。 「おまえは…」 そして、こちらに手を伸ばそうとするのだ。 そうされても、雪華には何も出来ない。 ただ、どうしたらよいのかと謝徳秀と捷隆を見比べた。 すると、老宦官が涙ぐみながら言ったのだ。 「桃葵(とうき)さまにそっくりで…」 [*前へ][次へ#] [戻る] |