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リクエスト小説
A normal day

 衛宮家の朝は早い。家主である士郎はもちろんのこと、半居候である桜、それに桜のサーヴァントであるライダーはそもそも寝る必要がない。しかし、ライダーが朝の台所の覇権争いに関与することは実質皆無である。もう一人サーヴァントである某騎士王(個人の尊厳を著しく損なう可能性があるため誰かはここでは伏せておく)は悠々自適に過ごしているので除外。もう一人の半居候は低血圧なので問題外。さらに期限付きの居候契約を結んだ元封印指定の執行者やサドマゾシスターなどもいたりするのだが、彼女たちも定刻にならなければ起きてこない。つまり、朝が早いのは士郎と桜だけである。

「先輩、起きてますか?」

 早起き組である桜が重い土蔵の扉を極力静かにに開き、そっと土蔵を覗く。呼び掛ける声は小さくて、確認の意味をあまりなさないが士郎の返事が無いことが桜にとっては最重要であった。部屋には誰もいないのは確認済みである。もしも部屋に居たら居たでおいしかったりするのだが。

 「朝ですよー?」

 足音を殺し、士郎の姿を探す。士郎の寝顔をじっくりと観察出来るのは早起きした自分だけの特権であると桜は思っている。ぐーたらで怠け者の姉さんやセイバーさんは絶対に見ることができないんだからなどとは少しも思っていない。これっぽっちも。

「先輩どこですかー?」

 桜は士郎を探して土蔵の中を歩き回る。余談ではあるが、桜が特権であるという士郎の寝顔はセイバーや凛も良く目にしている。セイバーは鍛錬の時打ち込み過ぎて士郎が気絶している間に、凛は魔術の鍛錬で少し無茶をやりすぎて士郎が気絶している間に。ライダーでさえ寝顔を覗きに時たま忍び込んでいる。桜とは意味合いは大きく異なっているが、安らかな寝顔であることには違いない。

「……いない」

 雑多な土蔵の中、探せば簡単に見つかるはずの士郎の影形はどこにもなかった。そんなことは直ぐに気が付いただろうが、桜は少々思い込みが激しいので仕方がないと言えば仕方がない。若干可哀想ではある。

「何だか物凄い悪意を感じます」

 ……さて、桜はというと確信を持って台所に向かっていた。真っ先にそこを確認するべきではあったのだろうが、この際は置いておこう。先輩と肩を並べて料理が出来ることには違いないとポジティブに考えながら台所を覗く。

「先輩おは――」

 ニコニコと笑顔を浮かべ、端から見たら新婚の熱々な夫婦と勘違いされるかもしれないなと乙女の妄想がオーバーヒート。そんな彼女の淡い夢がバーンアウト。台所にはお目当ての士郎。そこまでは何ら問題は無い。桜の予想通り、妄想通りである。しかし、だがしかし!その隣には長身で見惚れる程の長髪の持ち主、エーゲ海の女神がいた。完成された美貌、プロポーション。そう、我らがライダーさんである!

 エプロンに身を包んだライダーと士郎はまるで新婚生活を開始した初々しいカップルのようであった。桜の思い描く夢がそこなはあった。あんぐりと女の子らしからぬ大口を開けて桜は呆けていた。どこぞのボクサーのように真っ白になって。

「ライダー、醤油とってくれ」

「醤油ですか……これですね」

 ライダーが士郎へと醤油を差し出した。その指先が触れ合って、両者ともに頬を朱に染めている。これはもうまごうことなき新婚であった。これを新婚と呼ばずして何を新婚と呼ぶだろうか。

「お、桜おはよう……って桜?」

 士郎が桜に気が付いてにこやかに朝の挨拶を交わす。しかし、それも耳に届いていないような風に桜は俯いてぶつぶつと何やら呪咀らしきものを呟いています。士郎は背筋に寒いものを感じつつも、桜を放っておくわけにはいかないのでおそるおそる桜に近づいていく。いきなりガバッと捕って喰われることはないだろう。たぶん。

「えっと、桜、おはよう」

 脳内で警報がガンガン鳴っているが理性を総動員して桜へ再びアタック。士郎は以前慎二と伴に桜の部屋に侵入を試みた際にも感じたどす黒い魔力を至近距離で受けていた。

「先輩は……いったい何をやってたんですか?ライダーとまるで新婚さんみたいに和気あいあいと。私はライダーの当て馬だったんですか!答えてください、先輩!」

 ちなみにであるが、桜と士郎は決してそのような関係ではない。全て桜の内なる妄想という名の固有結界に於ける願望であったりするのだ。桜、痛い子。

「うるさいですね!私が痛いのは放っておいてください!」

 いきなり叫び出した桜に士郎どん引き。顔面を蒼白にしてガクガクと震えている。

「ら、ライダー!桜になんとか言ってくれ!」

 牙を剥いてシャーシャー言っている桜に身の危険を感じた士郎が傍観に徹していたライダーに助けを求める。

「桜、落ち着いてください。私と士郎は別段変わったことはしていません。ただ士郎とは『まるで』ではなく、真の夫婦として朝食を作っていました」

「な、なんですとー!」

 士郎は素っ頓狂な叫び声を挙げてライダーの方へそんな勢いで回したら首を傷めてしまいそうな速さで向けた。今明かされる真実。士郎とライダーは既にそのような関係であったの巻。

「やっぱりそうだったんですか!先輩の裏切り者!先輩を殺して私も死にます!一緒に死んでください!」

「お、落ち着け桜!今のはライダーの冗談だ!なぁ、ライダー!」

 包丁を握り締めた桜にマジでビビりながら士郎がライダーにまたまた救いの手を求める。ライダーもこの状況がいかに危険であるかわかってくれるはず。何時も俺たちを驚かすような冗句なんだろ?そう視線に込めてライダーを見る士郎。想いが伝わったのか、ライダーは頬を朱に染め上げた。きっと違う想いが届いたのだろう。

「士郎、昨夜のことを桜に説明するのはやはり恥ずかしいです」

「むきーっ!先輩の初めては私がって決めてたのに!やっぱり死んでください!」

「ちょ、何もない何もない!ライダーとは何もないから!」

「……まさか私との関係はお遊びだったんですか?」

 よよよと泣き崩れるライダー、包丁をブンブンと振り回す桜、それを必死の形相で交わす士郎。ドタンバタンと朝から収拾がつかない程の大騒ぎ。

「あーもう、朝から煩いわね!」

 桜が声とともに飛来した唸りをあげる黒い塊に弾かれて床をゴロゴロと転がっていき、柱にゴツッと鈍い音をたててようやく止まりそれっきり動かなくなる。

「あ゙〜朝から余計な手間をかけさせるんじゃないわよ……」

 唸るような声の先、幽鬼のような表情をした凛がいた。

「士郎、牛乳」

「あ、ああ」

 言われるがままに士郎が冷蔵庫から牛乳を取り出して凛に手渡してやる。それをごきゅごきゅと一気に飲み干し、ようやく凛の焦点が定まった。

「士郎、朝ご飯急いでね。お腹空いたから」

 にっこりと微笑まれ、士郎はイエッサーと調理に取り掛かる。ライダーは何事もなかったかのようにニュース番組を観ていた。そして、味噌汁の匂いが漂い始めたころには全員が居間に揃っていた。桜は放置。そんな異様な光景も衛宮家では日常であるのだった。

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