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不響和音 9 〜響也side〜


どこかの誰かは言った。
人の想いと距離は比例する、と。

けれど、別の誰かは言った。
人の想いと距離は反比例する、と。


さぁ、答えはどちら?







カツリ
飛行機を降り、一歩足を踏み出せば聞こえてくる登場案内のアナウンス。久々に聞く日本語に、あぁ帰ってきたんだなとしみじみ思った。吸い込む空気もアメリカとはどこか違う気がする。
検事の資格を取るまでは絶対に帰ってこない、そう決めてここを離れてから約2年。ようやく、ようやく戻ってくることができた大好きな人がいる国。
やっと帰ってきた。そして早く帰りたい、あの人の元へ。自分と同じように空港に降り立った人の波を掻き分けて、到着口へと急いだ。


自分の荷物が流れてくるのを待つ間に待ちきれず携帯の画面を開けば、そこには何よりも待ち望んでいた新着メールが届いていた。

――ロビーで待っていますよ。

はやる気持ちを抑えて、スーツケースを片手に到着口へと向かう。知らず早足になっていたのは仕方のないことだ。一分でも一秒でも早く会いたかったのだから。

帰国前にマネージャーに確認を取ったけれど、今日自分が検事の資格を取得して日本に帰ってくることはマスコミには嗅ぎ付けられていないらしい。知られれば空港はきっとマスコミで埋め尽くされるだろう、とマネージャーは電話越しに苦笑いを浮かべていた。

どうやら日本を離れている間に、自分を取り巻く環境は大きく変わってしまったらしい。

『ねぇ、あれガリューじゃない?』
『えーっ、うそっ』

自分的には何がどう変わったというわけではない気がするのだが、こうしてサングラスなしで歩いていると、先ほどからチラリとこちらを振り返り自分の名をひそひそ囁く人間がいる。今日は余計なファンサービスに時間をとられたくなかったから、ちらちらと自分に注がれる視線を振り払うようにさらに早足でその場を通り過ぎた。

デビューシングルがミリオンヒット。あまり自覚はないけれど、どうやら日本ではずいぶんと顔が売れてしまったらしい。
アメリカへ行くまではただの牙琉響也という人間でしかなかったのに、今ではこうしてガリューという名で人々から呼ばれる。
変わってしまったんだな、と嫌でも感じざるをえなかった。

二年という月日は、人を変えてしまうには十分すぎるくらいの時間だ。人間はいつだって同じところには留まれない。自分も、そしてきっと……



「アニキ、も。変わったのかな…」


浮かんだ考えに、ふと足が止まってしまった。
先ほどまで早く会いたいと、それだけしか考えていなかったのだけれど一度浮かんだ考えは自分の中で渦巻いて足を重たくしてしまう。

好きだから、大好きだから…
だから、怖い。


「あ、ヤバ…今更何を不安になってるんだろ。」


今更こんな事を考えても仕方が無いのに。
不安を振り払うように頭を振って、ふぅと息を吐き出す。ずっと会いたいとこの日をずっと待ち望んでいたのだ。互いにどんなに変わっていたとしても、兄弟であることは変わらない。兄が弟に対してよそよそしい態度を取るはずなんて無いし、自分の兄への気持ちだって消えたりするはずが無い。

よしっ、と一人で気合を入れなおしてまた一歩を踏み出す。期待と不安と嬉しさと緊張と…ない交ぜになった気持ちを抱えて自動扉を潜った。


ジーズンオフの空港。出迎えも含めロビーにいる人間はまばらで、扉を潜ってすぐに辺りを見回せば探していた人物はすぐに見つかった。


「あ…」


飛行機の時刻を確認しているのだろう、天井近くの壁に設置された大きな掲示板を見上げる後姿。
深い藍の色をしたスーツに、柔らかな金糸。後姿だったけれど間違いない。間違えるはずなど、ない。

ふわりと胸に灯る温かなもの。それと同時に感じる泣きたくなるような切ない気持ち。
自分をこんな気持ちにさせるのは、この世でたった一人だけだ。


「あ、にき……」


搾り出すように小さな声でそう呼べば、彼は静かにこちらを振り返った。





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