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作品2ぴよさん


布で視界を覆った状態で、六幻で虚空を切り裂く。
求めるのは完全な無なのに、どうしてもちらつくのはあいつの顔だった。
舌打ちすると、俺は視界を封じていた布を取り去った。こんなザマで集中なんて、どだい無理な話だ。

六幻を鞘に収めて、団服を掛けていた木の根元に近づくと服を拾い上げる。その上を飛んでいた通信ゴーレムが俺に寄り添ってきた。
風に身を擦り合わせて、森は悲しげな音を立てている。まるで泣いているように。

……あいつも、今頃泣いてるんじゃないだろうな。
未来でも一緒にいたい、と神妙な顔で打ち明けてきたリナリー。
頭を離れていかないあいつを強引に振り払うと、俺は視界に広がる蓮を見下ろした。

一面に咲き誇る蓮の花を、いつか、一緒に。……その約束を、俺の中の記憶が決して忘れようとしない。
眠れぬ想いを、遂げてやらなければ。
記憶の俺が愛したあの人のため。何より、俺自身のため。
全てを理解したときから、そう誓いを立てたんだ。大切な奴を犠牲にしてまで……俺は。

感傷に浸れば踏み越えてきた過去が顔を出しそうで、俺は六幻を睨みつける。
ジリリリ、と騒ぎ出したのは、連れてきた通信ゴーレムだった。

「――おはよー、神田くん。コムイだよー!」
「……なんだ。任務か?」
「ううん、先日関わってもらった任務について確認したい事があるだけ。悪いんだけど、司令室まで来てくれない?」
「分かった。今から向かう。」
「よろしくねー。」

……こうしてセカンドエクソシストとして教団に従事するようになってから、9年。
記憶の俺が生きているうちに果たせなかった、あの人との約束を叶えるために、9年もの間でたらめな身体を動かしてきた。
今度はリナリーを置いてきぼりにするかもしれない“いつか”の約束が、どうしてできる。できるわけがない。同じ悲劇が起こらない保障なんて、どこにもないんだ。

詰めていた息を吐き出すと、風に好きにされていた髪を掻き上げた。考えるのはもうやめにしよう。
コムイの呼び出しに応えようと、俺は城を目指し始めた。その足は、数歩といかないうちに止まることとなったが。

「……?」

周囲を見やって、感じたものの正体を見極めようとする。遠くから微かに聞こえた、木の揺れる音。遠くなったかと思えば、今度は徐々に近づいてくる。

――上か。
見上げると、空を舞う蝶の姿がそこにあった。

「修練場にも、部屋にもいなかったから……ここかな、って思って。」

落下の衝撃を感じさせず、リナリーが静かに舞い降りてくる。
一見普段通りでも、その瞼が涙の名残に腫れている事実に気付いてしまう。
決心は揺らがないくせに、慰めてもやれない自分にむかついてくる。

「あのね……、聞いてもらいたいことがあるの。」
「……この間の話なら、」
「そうじゃないよ。」

否定するリナリーに、俺は眉を顰める。
今まで泣いていたに違いないリナリーは初め痛々しくしか映らなかったが、改めて見るとその表情に悲痛さは滲み出ていないのだった。
何かを振り切ったようでもあるリナリーは、毅然と俺に対して口を開こうとする。

「未来の約束は、もういいの。神田に聞いてもらいたいのは、全然別のこと。私……、」

その顔がぱっと赤くなる。しかし刹那に生まれた躊躇いにも、リナリーは屈しなかった。

「神田が好きなの!」
「は……?」

予想の範疇を超えた発言に、思わず呆けた声が上がる。
さらに顔を赤くしたリナリーが、じたばた腕を動かして抗議してきた。

「っ……!は、じゃないよ!決死の告白だったのに!」
「お、お前がいきなり変なこと言うからだろ。」
「ちょっ、ひどーい!変ってなに!神田のバカバカバカ!」
「いってぇよ、本気で殴るな!」

身をかわそうとしたところを、勢いよく突き飛ばされる。お陰で、尻餅をつくという醜態を晒す羽目になった。ありえねえことに。

「ふーん、いい気味。」
「てめぇ……。」
「っきゃ!」

同じ目に遭わせてやろうとリナリーの腕を引っ張ったが、後を考えていなかった。自分の方に倒れてくるリナリーを、俺は咄嗟に抱きとめる。
やわらかい身体と頬に触れてくる髪の感触に、息が止まりそうだった。

抱き締めていたリナリーをそっと押しやると、俺は顔を別の方角に背けた。いくら付き合いが長いからといっても、動揺しないというわけじゃない。……くそ、顔が熱い気がする。
リナリーも急に大人しくなってしまって、言い争いもぱったり止む。会話が途切れたついでに、つい今しがたの出来事を俺は振り返っていた。
――好き、か。

「……どうしたんだよ、急に。」

呟くと、ぴくりとリナリーが反応をみせる。

「ん……。気持ち、ちゃんと伝えてなかったから……かな。未来の約束とか、なくても好きだよーって、分かっていて欲しかったの。」
「俺、お前に隠してることだらけだぞ。お前が知ったつもりでいる俺は、たった一部でしかないんだよ。」

喋りすぎだと思っても、衝動が抑えられなかった。
何なんだよ、お前って奴は。
俺はまたこの世界に産み落とされて、あの人との約束のためだけに生きてきた。アルマをこの手で殺して、二度と大事な誰かを作るまいと誓っていた。

「……それでも、私にとっては大好きな神田だよ。」

なのにお前はどんどん俺の心を揺さぶって、取り返しのつかないところまで踏み込んでくる。

「それに神田だって、私のすべては知らないでしょ。秘密にしてること、ないわけじゃないよ。私が気付いてないだけで、実はもっとたくさんの秘密を持ってるのかもしれないし。」

出生を隠してやって来た教団で、俺はこいつと出会った。
兄の代わりにしろこいつは俺の後を付いて回るようになって、時には頼り、時には甘えてきた。
憎まれ口を叩いて舌打ちしてみせても、俺はこいつに頼られるのが決して嫌じゃなかった。笑顔にさせてやるのが好きだったんだ。

だが、心を許されていくにつれ後ろめたさが付き纏った。こいつを大事にしているつもりで、実際にしているのは裏切りに他ならないんじゃないかと考えもした。
俺には、決して明かせない秘密があまりに多すぎるから。

……それを、リナリー、お前は何でもない事のように言ってのけるんだな。

「ねえ。約束で縛ろうなんて、思わないから。……これからも、好きでいさせて。」

時々、こいつの強さが怖いとさえ思う。

「……まったく、お前は。」

掌で、目の前の温もりに触れる。
首の後ろに手を回して、俺はリナリーを引き寄せた。腕の中にすっぽり収まる身体はこんなに小さくても、秘める強さは限りがない。
項を撫でて上を向かせると、傍らを飛ぶ通信ゴーレムがけたたましいベルで鳴り出した。

「おーい、神田くーん? まだ着かないの? ボクずっと待ってるんだけど――」

ゴーレムを捕まえて、通話を強制的にシャットダウンさせる。
迷いを飛ばして身軽になると、後は目を閉じるだけだった。






君の好きに寂しくならないように、明日を滲ませてしまわないよう







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