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反撃準備 1
これは後でわかった事なのだが、ハーベット大佐はブルー少将を戦闘の混乱に紛れ、退去させたのだという。

そして裏切り行為をしてみせた事は、ハーベット大佐曰わく「敵を欺くにはまず味方から」ということだった。
オーシア本部にはフレイ達を完全に国家の裏切り者として報告し、クロノス隊を自由に動かせる機動隊として活用する。

それがフレイと、ハーベットの考えた作戦だった。

それが今回の事態で可能になった、腫れ上がった頬を冷やしながら、ハーベットはブリーフィングルームでそう告げた。

そのため、一度オーシア本部までハーベット自身が赴き、自身が受けた怪我を声高に唱えることによって、ブルー少将を含む本部連中に、クロノス隊の反乱を信じさせる事に成功した。
そして逃亡したクロノス隊追撃をハーベットが本部に立案、また自らがその追撃の任を任された。

同時に、第8艦隊艦長ニコライ・アーンウルフも追撃部隊に志願。
本部はコレを承諾。
そして今、フレイは第8艦隊旗艦「バルスルク」艦上にいた。

この南洋艦隊群所属第8艦隊は、開戦当初、シンファクシ級潜水艦のミサイル攻撃により、艦隊と航空部隊に甚大な被害を受け、その後の5回にわたる開戦で空母「バルスルク」駆逐艦「イエロースピリッツ」を残し全艦艇は撃沈。

また航空部隊も全滅してしまった、地質的稼働戦力の無い艦隊である。

このような航空部隊を持たない艦隊は、今のオーシアには溢れているらしい。
そういった艦艇はユークの内陸部で哨戒活動や陸軍の輸送に使用されている。

もはや海軍に航空部隊を補充できない程、今のオーシアは疲弊してしまっているらしい。

それほどまでに、ただひたすらな消耗戦を行う意味は果たしてあるのだろうか。

すでに前線兵の指揮は著しく低下し、伸びきってしまった平坦線はとても脆く、あちこちに野戦滑走路や基地を建造したために人材が不足していて、若い士官が野戦任官となり前線に配置されることが増え、その経験不足から的確な判断が下せず、死者も増え、脱走兵の数も日に日に増しているらしい。

「こんな所にいたのかね…ジャックハート中佐」

「いや…そのままでいい」

敬礼をしようとしたフレイを、彼は微笑みながら制した。

白い髭を鼻の下に生やし、鷹のような鋭い瞳を称えた彼は、フレイの隣に立つと、帽子を被りなおした。
「アーンウルフ艦長…この度は本当に感謝しています、第8艦隊のおかげで―」

「ニコライでいいよフレイ君」

艦長は腰の後ろに両手を回すと、薄暗い格納庫を照らす白光を見上げた。

彼こそが第8艦隊旗艦バルスルク艦長、ニコライ・アーンウルフ准将。
今日昇進した、百戦錬磨の名艦長である。

彼は海軍で唯一の2つ名「羽衣」の異名を取る人物である。
それは彼の卓越した指揮能力が、この艦に一度も傷をつける事を許さなかったからだ。

「ははははは、やめてくれフレイ君、艦というものは1人で動かせるものではない。
卓越した操舵技術、素早く索敵を行える有能なCIC、そして軍のかたよった思考に捕らわれない強い心。
それこそが、艦に損害を与えなかった秘訣だよ」

それでも、散っていった戦闘機パイロット達は守れなかったがねと、ニコライは遠い目をして言った。

「しかし、バルスルク乗組員と君は似ている。
だからこそ、君は今まで生き残ってこれた。
君も軍の石頭に捕らわれない口だろう?」

ニコライはフレイに向き直ると、微笑んだまま言った。
確かにそうだろう、フレイは上の命令にけして忠実だった訳ではない。

それはフレイにベルカともう1つの血が流れているのも原因かもしれないが、ベルカ戦争を目の当たりにして、両親を失っても、自暴自棄にならず、憎しみを持たなかった。

戦争や人の死にたいして確固たる意識を持っていたからかもしれない。

それはフレイの父が日頃から私自身に言い聞かせていたからだった、父も母も誇り高く、有能な学者だった。
多忙だった彼等が私に残した言葉を覚えてはいないが、その両親の息子として自覚していた自分は。

大人びていて、傍観的思考を持ち合わせていた。

「そうかもしれません」

その言葉に、ニコライ艦長は微笑んだまま頷いた。

「しかし…あの女性はそうではない」

それはアリシアのことだった、それは確かにそうだ。
一方的善意で彼女を戦争に巻き込んでしまった。
果たしてそれは正しい結果だったのだろうか?

“それ”を考えなかった事はなかった、口にこそ出した事はなかったが、私は彼女を不幸にしてしまっただけではないのだろうか。

あの年齢で人を殺すことをさせてしまっている。
アリシアは優しい、死者を労る事ができる。

「君達は普通の隊長と部下の関係ではないのだろう…それはいいのだが、彼女は優しすぎる」

「だが―、君と彼女が安心して暮らせる生活を取り戻さなくてはならない。」
ニコライ艦長は何か言いよどんだが、穏和な微笑を浮かべたまま、フレイの肩を叩いた。

ニコライ艦長が去ってから、フレイはパイロットの簡易休憩室に設置された窓から、格納庫を眺めていた。

《君と彼女が安心して暮らせる生活を取り戻さなくてはならない》

果たして―艦長が言いたかった事はそれだけだろうか?

自軍を抜けるのは思っているのよりはるかに難しいことだ、それは今まで信じていた全てを裏切ることだからだ。

ましてやアリシアはオーシアの出身、我々軍人は着用する軍服に忠義を示さなくてはならない。

軍服に背く理由を、しっかりと理解しろと、そう言いたかったのだろうか?

それともアリシアが、死ぬとでも言いたかったのだろうか?

その根拠は?

《大事な者に限って、いつもこの手からスルスルと抜け落ちてゆくんだ》

その時、ふと重盛の言葉が去来した。
その昔、重盛も大事な人を失ったことがあると聞いていた。

ニコライ艦長もその経験があるのだろうか?

「死なせはしないさ…」

フレイは拭えない焦燥感を振り払おうと、格納庫に向かった。

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あきゅろす。
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