8 「やっぱり無理か」 真っ暗な貨物の中、フレイは戦闘機のコクピットにうずまっていた。シートから足を投げ出し、計器盤の上に乗せている。 なんとか戦闘機に電源を入れ、輸送機の施錠を突破しようと思ったフレイだったが、フレイはそれができなかった。 「こんな機体…」 フレイの戦闘機乗りとしてのプライドが、この機体を操作する事を阻止していた。 今の状況でプライドなど言ってはいられないのだろうが、こんな兵器を使うくらいなら、フレイは死んだ方がマシだと思っていた。 「さて…どうしようか」 フレイは寒い機体の中で、小さく息を吐いた。 その時だった、外で聞き慣れた音が聞こえた。 「銃声か…」 どうやら仲間が行動を起こしたようだった、ならフレイにはもうする事はない。 待っていればいい。 フレイは小さく笑うと、コクピットに深く潜り込んだ。 「急げ急げ急げ!」 ルディは撃っていた、彼の手の中でカービンが振動する。マヌケなボーデン大佐の叫び声にやって来た連中が、拳銃を構えて何かを叫んでいた。 しかし、規則的に吐き出される5.56o弾の轟音に全ての音がかき消されていた。 おおかたボーデンの無事を確認していた程度だろうが。 「確保して!」 アリシアがM92Fを発砲しながら叫ぶ、背が高く線の細い彼女には不釣り合いな代物だと、ルディは思った。 しかし、そんな事を考えている余裕は無かった。 「くそっ」 ルディの右太股に鈍い衝撃が走り、血が噴出した。 痛みに顔をしかめ、片膝をついたルディは、額に汗を浮かべながら撃ち返す。ルディを撃ったボーデンの部下が倒れ、その穴を埋めようと数人が場所を移動する。 「ひいぃぃー!」 飛び交う弾丸に怯えながら、ボーデンは匍匐しながら逃げようとしていた。 奴らは銃撃に気を取られていて気づきまい、それに馬鹿な部下共め! この私を助けるのに時間をかけすぎだ、あんな連中さっさと殺せばいいのだ、それが出来ないなら時間を稼ぐために、盾になっていればいい。 「ボーデンが逃げる!」 アリシアが匍匐するボーデンに気づき、捕らえようと飛び出すが、銃撃にさらされ、慌てて弾薬ケースに身を隠した。 「くっ」 アリシアが立ち上がり、走って逃げようとするボーデンに銃を向ける。 「アリシア中尉!駄目です!」 リアサイト越しにボーデンを睨みつけていたアリシアだったが、悔しそうに顔をしかめると、銃をおろした。 「速く速く速く!」 ボーデンは死ぬ思いを味わいながらも、必死に輸送機のタラップを駆け上がっていた。 「もう許さん、この私をこんなめにあわせおって!野蛮な辺境基地はこれだから!」 ボーデンは貨物に続く扉の施錠を吹き飛ばし、転がるように貨物に入り込んだ。 機体を覆うシートを乱暴にはがし、ボーデンは息をつく間も無くタラップを駆け上がった。 そこに人が居るのも知らずに。 タラップを登りながらボーデンは思っていた。 これで自分は安全だ。 後はこの機体で基地を破壊すれば、厄介払いができる。 問題なのはあのベルカ人司令官だ、奴が死ねば、確実に私は組織の、使い潰しの駒に格下げされる。 「くそっ!この私をコケにしてくれる! 許さん!私は世界を!圧倒的な力を手に入れるのだ!」 ボーデンがタラップを登りきった、その時だった。 「誰を許さないんだって?」 「んぶっ!?」 突然伸びてきたブーツの裏が、ボーデンの鼻にめり込み、ボーデン自身の首を、大きく後方に仰け反らせた。 そのまま地球の慣性にのっとり、重力に捕まったボーデンは、真っ逆様に地面へと激突した。 そしてボーデン自身より軽い血液が、音を立てて落下する。 「つっ…」 痛みにうめいたボーデンは、必死に体を動かそうとした。 しかし、視界は真っ暗で、涙でぼやけ、鼻の奥が痛む。 おまけに体が動かない。 「ボーデン大佐…いや、元大佐…フレイ・ジャックハート中佐です。覚えておいてでしょうか?」 「き、貴様こんなところに隠れていたのか!」 地面に張り付いたまま拳銃を構える。 っが、後ろからルディやアリシアが走ってきた。 「そこまでです!」 アリシアが声を上げる。 「っち…」 小さく舌打ちしたボーデンはルディが体を強引に立たせ、引きずるようにして機体から出て行った。 さて、そろそろ治療を受けないと。 フレイは慎重に機体から飛び降り、膝で十分に衝撃を吸収した。 「フレイ!」 ドンッ!とゆう衝撃と共に、アリシアがフレイに飛び込んでいた。 腕を使えないフレイは、受け止める事も、抱きしめる事もできずにいた。 「心配した!」 アリシアが言った、瞳に涙をためながらも、下からフレイを睨んでいた。 その姿に、フレイは小さく笑った。そして安心していた。 「…すまない」 出血のせいで下がった体温には、アリシアの暖かさは心地よく、いい眠気がフレイを襲っていた。 「アリシア中尉、ハート中佐は肩を撃たれていますので。医務室へ」 スターシアが、フレイの手錠を外した。 その表情には、先程の後悔の念が現れていた。 「気にするなスターシア少尉、撃たれたのは君のせいじゃないんだから」 フレイは手を振りながら、アリシアに支えられ、機体から降りた。 傷口は痛かったが、フレイの心は晴れやかだった。 [*前へ] |