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明け方、不眠不休で皆が働き、ようやく基地としての機能は復旧した。
滑走路も突貫工事ではあるが、一応の修復が完了し、火災も完全に鎮火した。
幸いな事に、弾薬庫とレーダーシステムに損害は無く、対空火器も僅かながら残っている。
しかし、使用できる対空火器がSAMが2機にAAガンが3機では、この傷ついた基地は5分ももたないだろう。
強襲した不明機体は、南―つまり、ベルカ方面へ飛び去った。
途中オーシアかユークトバニア、どちらに向かうのかはわからないが、とりあえず首都の司令部に連絡は入れてある。
この強襲でウォルト中尉が戦死した、死んで少佐になった彼―そう、陽気な男はもう二度と還ってはこないのだ。
他にもスクランブル発進したテュール隊とユレメリス隊にも、多数の戦死者が出てしまった。
15機中発進できたのが12機、離陸中に4機が撃破され、空戦で6機が撃墜された。
墜落して、飛び散りかろうじて残った残骸を見て、整備班長はこう言った。
―オーバーキル
1機だけまともな状態で回収された機体は、胴体から機首が折れ、上を向いたコクピットには機銃弾による穴があき、中から赤い鮮血が流れ出ていた。
割れたキャノピーから飛び出た腕を伝う血を見て、基地を襲った彼らの残忍極まりない性格を皆が呪った。
コクピットを狙う事は、公に禁止された行為では無い。
もちろんフレイも敵機のコクピットを潰した事もある。
ただ、今回撃墜された機体のコクピットは、必ず血の飛沫で彩られていた。
正気の沙汰じゃない。
芝生の上に並べられた戦死者の―死体袋を一瞥して、フレイは思った。
名簿を持った兵士が、死んで逝った仲間の名前を白紙に書き込み、死体袋のチャックをしめる。
そんな時間がどれだけ続いたろうか…
オールバックの黒い艶髪にサングラスをかけた、威圧感を纏った将校がフレイの名を呼んだ。
彼の名はハーベット・F・ハーロン大佐。
この島における全航空隊主任であり、テストパイロットであるフレイ達にデーターの採取を行わせていた人間だ。
冷静沈着で矢継ぎ早に命令を下す事から、基地のパイロットや整備班からも嫌われ「鉄仮面」と呼ばれていた。
「フレイ中佐…君かね、整備班に無理を言ってFー22Aの修理をさせているのは」
サングラスを外しながら、ハーベット大佐は冷ややかに言った。
修理できるはずがないとでも言いたいような口調で、恐らくボロボロになった機体を見たからに違いない。
「基地の地下に、予備パーツがあります。
組み合わせればまだ飛行は可能です。
航空隊の補充が無いこの基地には、早急に飛べる機体が必要なんです」
フレイはハーベット大佐を真っ向から睨みつけ、言い放った。
ハーベット大佐は、計画が始まった段階から、この島に来た人間では無い。
5ヶ月前に来た、頭の堅い男だった。
そんな奴に、あれこれ指図されたくは無かった。それも、こんな時に。
生き残ったパイロットはたったの2人、テュール隊隊長とユレメリス隊2番機のみ。
今ごろ2人は哨戒飛行の真っ最中だろう。
「やめておけ中佐、気持ちはわかる。
しかしだ、整備班にも無理をさせるな、機体は明後日にでも届くように手配してやろう」
ハーベット大佐はサングラスをかけなおし、悔しいのはお前だけではないと、一言だけ残して歩き去った。
「くそっ」
フレイはそばに停めてあったハンヴィーのボンネットに拳を振り下ろした。
悔しいが、ハーベット大佐の言った事に間違いは無かった。
反論できないのも、浅ましい自分にも腹が立つ。
修復されたばかりの滑走路を、アリシアのラプターが疾走し、ゆっくりと空にあがる。
フレイはその姿を、羨望にも似た瞳で眺めた。
今さら空に上がれた所で、あの巨大な機体を落とせる保証も確証も無い事に、今さらながら気づきながら。
そんな時、ふと上がった声に振り向くと、ルディ曹長がこちらに向かって手招きをしていた。
ラプターの件だろう。フレイはもうし訳なく思いながら、そちらに向かって歩いた。
整備班も、休ませてやらなくては。
そう思い、運良く破壊されなかった輸送機のコンテナから、引っ張り出されたかつての愛機を見て、フレイは思った。
これは輸送機に乗っけて、フレイが基地に持って来たのだった。
今は翼や折れたパーツが取り外され、もはや飛行機とは言い難い形状になっていた。
「どうした?」
怪訝そうな表情を浮かべるルディ曹長に、フレイは訪ねた。
「いや、コクピットの後ろに電子機器室があるだろ?
そこに妙なパーツがあるんだ」
「妙なパーツ?」
整備兵が言うのだから、フレイにわかるはずが無かったが、愛機にそんな物が付いていたのは、さすがに気になった。
「来てくれ」
増設された簡易タラップを登り、装甲板が取り外された工学装置に目をやった。
「コイツだ」
ルディ曹長が電灯で照らした先、そこには、奇妙な真っ黒の、四角いボックスが取り付けられていた。
箱には小さなアンテナが取り付けられ、伸びた複数のコードが電子機器室に繋がっている。
「なんだコイツ?」
ルディ曹長は首をふった、他の整備兵の反応も同じだった。
「こいつァ、グランダーの仕業だな」
ルディ曹長は確信ありげに呟いた。
確かにその鉄製の黒い箱には、ノース・オーシア・グランダー・インダストリーのロゴが入っていた。
オーシアの機体は全てグランダー社製で、グランダーの手によって何かしらの改修が加わっていてもおかしくない。
それに、今回の戦術制空攻撃隊計画はグランダーによる次世代機開発コンセプトの一環で行われたことだった。
「戦闘データーをこっから本社に送ったのかな?」
ルディ曹長は答えなかった。
グランダーの人間ではない彼にわかるはずが無いのだ。そして当のグランダー職員は、1ヶ月前にこの島から撤退していた。
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