おとなりさん
となりの不良の悪友
「お前、遠藤明弘?」
「はい?」
ある日の放課後。
下校途中に他校の生徒に声をかけられた。
…うわでかっ。
口を開けたまま目の前の男を見上げる。
180以上あるだろう相手は金色に近い茶髪で、長めの前髪から覗く眼光が鋭いため、整った顔立ちが冷たい印象を与えている。
耳にはルーズリーフのような穴がたくさん空いており、制服も相当着崩していて何処の学校か判別不能だ。
うん、どっからどう見ても不良様だ。
もちろん、俺にこんなお友達はいない。(カナメ以外)
てかカナメの知り合いか?
そいつはまるで俺を観察でもするかのようにじろじろと見つめてくるのでとても不愉快だし!
っとに不躾だなー。
「…えっと、なんすか?」
「…最近さあ、要の付き合いが悪くなって、俺超絶ツマンナイんだよね」
「はあ…」
あぁ、やっぱりカナメ繋がりか。つーか、ツマンナイとか知らねーよ。
なぜ俺に言うかね?
不満げな俺の態度に気づいたのか、この不良様はふん、と鼻で笑ってきやがった。
「お前が要を独り占めしてんでしょ、いい加減こっちに返してくんねー?」
「はあ?」
返すとは。
自分の発した声が相当苛立っているのを自覚する。
「意味わかんないんすけど。カナメってあんたのもんなの?」
もう、すげぇムカつくわー。
基本ビビりで不良となんて目も合わせたくないほど苦手な俺だけど、今はそんなこと言ってらんない。
元々本意ではなかったものの、カナメは俺とお付き合いしてるわけだし、カナメが大好きな(!)俺を優先するのは仕方ないんじゃないか。
しかもそうしてるのはカナメの意思なわけで、なんでそれを俺に言うの。
直接カナメに言えっつーの。
メラメラしている俺に対して、目の前の男は不遜な態度を崩さず俺を見下ろしている。
「…まあ、俺のもんじゃねぇけど、とりあえずお前にはあげたくないって感じ?」
…は。
はあーっっ??
「てかさ、」
「あん?」
「それ、直接本人に言ってくんない?あぁ、もしかしてカナメには怖くて言えないとか?だから弱そうな俺んとこに来たのかなー。あはは、だっせ」
「…んだとコラァ」
あ、やべ。つい本音が。
こいつ、目の色変わってるし。
後悔先に立たずとはまさにこの事!
「ぎょぇっ」
奴に胸ぐらを掴まれた俺はこれから100パーの確立で殴られるよね!もーもーもー!最っ悪だあぁー。
ヒュッと風を切る音を感じ、固く目をつぶる。
来るーーー!!
「…………」
あれ。
歯を食いしばって衝撃に耐える準備をしていたが、いつまでたっても痛みを感じない。
うっすら目を開けて確認すると、奴の腕を掴むカナメが目に入った。
「か、カナメー!!」
キターー!!
来たよ、救世主カナメ!!さすが俺のダーリン!
突然のヒーロー登場に唖然としている不良の腕を払いのけ、俺はカナメの背後に隠れた。ついでにあかんべーもしてやるぜ!
「あ、てめっ!このやろ…」
俺の振る舞いに腹をたてた奴が、捕まえようとこちらに手を伸ばしてきた。
「おい、由貴也。やめろ」
「…っ」
が、カナメの一言でユキヤは腕を引っ込め、しゅんと縮こまってしまった(名前は今知った)。
ふん、ざまー。
「お前、何しに来たんだ?」
「カ〜ナ〜メ〜。こいつ俺のこといじめにきたんだぜー。すぐに成敗してくれ!」
「うっるせ!お前はしゃべんじゃねーよ!」
「は?うるさいのはそっちだろ、ばーか!不良野郎!」
「あぁ?まじ潰すぞてめぇ」
「やれるもんならやってみろ!まずはカナメを倒してからな!」
「…おい、仲良くジャレついてるところを悪いが状況を把握させてくれ」
「「ジャレてねーし!!」」
「…」
「…」
くそっ、こいつとハモるとか最悪だわー。
とりあえずユキヤの出方を待つことにしようと思い口を閉じた。(仕方なく)
そしたらユキヤの奴、「つか要髪染めたん?黒もイイな!」とかカナメにおべんちゃらを使ってやがった。ファック!
「要、最近全然外に出てこねーじゃん。お前がいないとつまんねーよ。なんでこんなチビに構ってんの?」
チビとは俺のことかね。ん?
「俺はチビじゃないですしー。170はありますけど?つーかお前がでかすぎなんだよ、この大木が!」
「…ぐあーっ、まじこいつうぜー。要、こいつ捻っていい?」
「駄目に決まってんだろ」
「なんでだよー」
ぶうぶうと文句をたれる野郎に、カナメが軽くため息をついた。
あ…。
カナメの様子を見ていて思う。
どうやらカナメは、こいつのことを憎からず思っているらしい。
カナメは他人にあまり興味がない。
学校でも俺以外と話をしている姿をあまり見かけないし、必要最低限の言葉しか発しないのだ。
他人を見る時のカナメの目は感情が籠ってなくて冷たいものだから、すぐに分かった。
ユキヤを見つめるカナメの目は、手のかかる子供を見ているかのように優しいのだ。
…なんか気に入らない。
もやもやとした感情をもてあまし、カナメの制服の裾をぎゅっと握る。
カナメはそんな俺を横目で確認し、大きな手のひらを俺の頭にぽすんと乗せた。
「ずっと我慢して諦めようとしてたモンがもう少しで手に入るっぽいんだわ。今目ぇ離すと逃げてきそうだし。だからもう前みたいには夜遊びしねぇ」
「…それ、そんな大事かあ?」
ユキヤが俺を指差しながらカナメに問う。
「俺の世界はアキを中心に回ってるから」
「ぶふぉっ!」
「っげぇー、お前まじで言ってんの…」
キャナメー!
お前って奴は!重い!めっちゃ重いぜ!!
…でもそういうの、悪くないかも。
なんか…ときめくよねー。
結局、なかなか退散しようとしないユキヤに痺れを切らしたカナメが、奴の首根っこを掴んでぽいっとその辺に打ち捨てていた。
「俺諦めねーし!外出る気ねーならこっちから出向くし!?」
奴は懲りずに喚いてて本当にうるさかったデス。
まじであーいうの勘弁だよねー。うざすぎるー。
カナメも完全に無視してたし。そりゃそうだ。
ようやく邪魔者がいなくなり、二人で帰路につく。
「アキ、悪かったな」
「ほんっとだよ!俺不良ダイッキライなのにさあ。めっちゃ怖かったんだけどー!」
「嘘つくな」
「あら、バレた?や、最初はまじでビビったし。カナメの知り合いじゃなかったら速攻逃げてるけど」
俺の言い分が可笑しかったのか、ふはっとカナメが笑った。
「あいつ、悪い奴じゃねーんだけど、猪突猛進型は何するかわかんねぇな」
あ、またあの顔。
「…なんかむかつくんだけどー」
「あ?」
「カナメがユキヤのフォローするとかすんげーやだー!あと俺の知らないカナメを知っているアイツが憎い…!」
「ふ、ばーか」
そう言って嬉しそうに笑うカナメ。
うぅ、イケメンすぎてツラい。
「まさか嫉妬してんの?由貴也とか本気でありえないし。あいつはただの夜遊び仲間…っておい、聞いてるか?」
「嫉妬…」
思わずぽん、と手を叩く。
ああ、そうか。
これは嫉妬なのか。
なんだか目から鱗。
「カナメさんよ、俺はまた大人の階段をのぼったんじゃないかな!?恋愛マスターまであと一歩?」
「…知らねぇよ。それよりてめぇ、そろそろ観念すれば?」
「ん?なにが?」
首をこてんと傾げて問いかける。
女子達は可愛いと絶賛するこのポーズを、以前カナメは「あざとい、それ以外の感情は沸かねぇ」と一蹴したっけ。
「分かってるくせにとぼけんな」
「うーん、ナンノコトダロウ?僕わかんないよー」
のらりくらりとかわしていると、カナメが俺のあごを掴んで無理矢理キスをした。
こいつはー!
「ちょ、っともー!ここは外っ!まじやめてよね、この非常識人っっ」
「お前が焦らすからだろ」
なんで俺のせい!?
まったく、何が「俺の世界はアキ中心」だよ。完全にお前中心だろうが。
「早く、俺を好きだと言えよ」
そう言って、せつなげな目で俺の頬をなでるカナメは超絶美しい。
ちょっと、そんな顔で俺を見ないでよ。
くらくらと目眩がして、このまま堕ちてしまいそう。
…ああ、でもね。
「……まだ、心の準備ができてないしー?次に会った時にでも言う、かもよ?」
「…ぜってぇ言う気ねぇだろ」
「へへー」
うん、まだ言わない。
もうちょっと階段を登らないとね。
だって中途半端は駄目なんでしょ。
もう、カナメからは逃げられないし、逃げるつもりもないからさ。
だから、あともう少しだけ、俺が成長するのを見守っててね。
end.
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