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おとなりさん
となりのコイビト

本当に欲しいものは昔から変わらない。
あいつさえいれば、他は何もいらない。

少しかすれた声、笑った時にだけできる目尻のしわ、俺を見つめる柔らかな眼差し。
孤立しやすい俺に何も言わず、ただ笑って隣にいてくれるそんなあいつが好きだ。

「どうして、俺もアキも男なんだろう」

これまで幾度となく呟いた。
だって男と女なら簡単なのに。

あいつはいつも俺が知らぬ間に告白されては流されるまま付き合い、本気になる前に飽きられてフラれる。
同じことを懲りずに何度も繰り返す、ほんとに馬鹿なヤツ。
そんなあいつに次から次へと群がる女達も相当馬鹿だけど。

それでもアキがいつか幸せになれるならと黙っていたが、もういい加減我慢するのは止めた。
気付いたから。アキの全部を知っていて、良いところも悪いところも含めて理解してやれるのは俺だけだと。
これまで散々自由に泳がせてやったんだから、今度は俺の番だろ。

アキはもう誰にも、ひと欠片もやらない。
俺だけのものにするって決めた。


ドサッ。
殴られた男は立ち上がることができず地面に大の字になって倒れた。

「っち。おい、ウザいからもう二度と俺の前に顔見せんな」

意識があるのか確認はしていないが、一応忠告だけしてその場を後にする。

あー、口ん中切った。いてぇな、くそ。

帰宅途中、急に絡まれてケンカになった。
大きな傷はないが、痛いものは痛い。

口内の不快な味に顔をしかめてしまう。
ぺっと唾を吐くとやはりそこには赤いものが混じっていた。

別に俺はケンカが好きなわけではない。
ただ群れるのが嫌いで、くそどもが躍起になっている権力争いに興味がなくて、そういう奴らに媚びることをしないだけ。
変な因縁をつけて殴りかかってくる奴らから自分の身を守っていただけだ。

だから自分が不良だという自覚もあまりない。
まあ髪の色が派手で、学校をサボりがちなのは認めるけど。
勉強するのだって嫌いじゃないし、教科書をみてれば大体内容は理解できる。単位も計算してサボっているから留年の心配もなく、今の生活にこれといった不具合はない。

けれど、そんな俺を心配する奴がいるから、ほどほどにを心掛けているつもりだ。


目の前に見えてきた自宅を通り過ぎ、俺は隣の家のドアノブを回す。
不用心な隣人は何度言っても鍵をかけやしない。

「おい、アキ!お前鍵は閉めろって何度も言ってるだろうが!」

アキの両親は共働きだからこの時間はあの男一人のはず。
勝手知ったる隣人の家にずかずかと上がり込み、2階のアキの部屋に向かいながら声をかけるが、反応はない。

「アキ?」

ドアを開けて中に入ると、奴は制服姿のままベッドで爆睡していた。

「だらしない奴…」

ベッドの脇に腰かけ、間抜けな寝顔を眺めながら呟く。
アキは整った顔をしているが、どこからどうみても見間違うことのない男。

自分の思いは不毛であるとわかっているのに、それでも欲しいと思うのは昔からずっとアキだけだった。

「アキ」

そっと髪に触れてみる。
その柔らかな感触が気持ちよく、思わず口元が緩んだ。


アキは恋愛下手だ。
今まで誰かを真剣に好きになったことがない。
俺と半ば無理矢理付き合うことになった今でも、二人の関係はこれまでとさほど変わりはない。

まあ、キスくらいはしてるけど。

眠ったままのアキに顔を寄せる。
息が当たるほど接近しても、安らかな寝息を立てたままの相手に不満が募る。

「おい、いい加減、起きろよ」

そっとアキの唇に触れて、もう一度声をかける。

「アキ」
「…ん、んう〜?…カナメ?」

ようやく薄く目を開けたアキが、焦点の定まらない目を俺に向けた。

再び唇を合わせる。
今度はもう少しだけ深く。

「ん…、ちょー、寝込み襲うとかやめてくんない?」
「無防備なお前が悪い」
「ナーニソレ、痴漢の言い訳みたい」
「へぇ…?」

わざとらしい笑顔で返してやると、目の前の幼馴染みはようやく意識がはっきりしてきたようで、慌てて弁解を始めた。

「やっべ、完全目ぇ覚めたし…。あー、おはよカナメ☆俺今なんか言った?全く記憶にないや、てへぺろ。寝言だから気にしないで?…てか、なんか鉄の味するんですけどー?」
「口ん中切れてるっぽい」
「なんだよー、またケンカ?いい加減止めなよ、怖いじゃん、俺が!」
「俺からふっかけたことはねぇよ」
「まあ、ねぇ。でもカナメのキレイな顔に傷とか、見るに忍びないね」

そう言うと、アキがそっと俺の頬に手を当ててきた。
寝ていたせいか、いつもより暖かい手のひらが心地よく感じる。

「…分かった善処する。お前、そんな俺の顔好き?」

俺の顔をうっとりと見つめてくるアキに問いかける。
これは餌。次の段階に進むための撒き餌。

「うん、好きだよ。俺もこんな顔に産まれたかったなー」

ほら、かかった。

「好きなのは、顔だけ?」
「…え?わかんないけど…うーん、そんなことはない、のかな?」

はっきりしない、曖昧な答え。
けれど不満は感じない。

「…どうしてそう思う」
「そりゃあね…今まで付き合ってきたコたちとカナメはやっぱ違うって、うん。なんか落ち着くし。俺の居場所はココじゃん、的な?でも恋愛の好きかは正直わかんないなー。今まで女のコとお付き合いしてても好きって何だろう?って、これずーっと俺の命題だったからね」

知ってる。
だから今まで黙って見ていられたんだ。

「俺を特別だと自覚しているならそれでいい。…今はな」
「げー、なんか怖いんすケド?」

なにかを誤魔化すようにへらりと笑うアキ。
俺が不敵に微笑むと、この顔が好きだと宣う男はほんの少し頬を紅潮させた。
この顔に産んでくれた親に唯一感謝する瞬間。


ずっと待っていた。
ようやく、手に入れることができる。
もう焦らなくていい。これからは俺の全部でお前を囲う。

あとはお前が自覚するだけ。

そうして

「俺の愛を思い知れば?」


end.


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あきゅろす。
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