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窮屈な檻
再生


全部が欲しいなんて望まなければ良かった?
変わっていく自分を恐れずに向き合えば良かった?


今になってはもう、何が正しかったのかわからない。


中村と葉山の関係が断たれてから、1週間以上が経っていた。

葉山はこの間一度も大学へ足を踏み入れていない。
正直、どんな顔をして中村の前に立てばいいのか、分からなかった。

(けど、いつまでも引きこもってたってしょうがねーか…)

普段から真面目に通学していたわけではないし、友人たちから送られてくるメールには適当に返信していた。
だから休んでいたことに対して周りは特になにも感じていないだろう。

(あいつは、いつも通り学校に来てたのかな)

今までのことがすべて無かったことになり、また赤の他人に戻る日がくるのだろうか。

(そんなん、俺にはまだ無理だわ)

大学は語学の授業だけクラス分けがされている。
久しぶりの教室に葉山が顔を出すと、たちまち仲の良いメンバーに囲まれてしまった。

「あー、豪だぁ。ひさしぶりー」
「お前、語学くらいちゃんと出ろよなー。代返できないんだからさ!」
「あぁ、大丈夫。俺あたまいーから」
「うそつけ!!!」

友人とたわいもない会話をしつつ教室内を見まわしてみるが、中村は来ていないようだった。

「…なぁ、前回までのノート、コピらせてくんね?」
「いいよん。あ、サボりと言えばさー、あのコも最近来てないね。なんだっけ、中村クン?」
「…」
「あー、そういやそうだな。あいつ、今まで授業休んだことなかったし。珍しくね?」
「部屋で孤独死とかしてたりしてぇ?やだぁー」
「…」

(それまじでシャレになんねーけど…)

いやいや、まさか。
別れを切り出してきたのは中村からだった。なのに葉山が原因で死を選ぶなんて、そんな馬鹿なことあるはずがない。

(落ち着けよ、冷静になればわかるだろうが…)

そう、わかってはいても、嫌な想像が頭から離れない。

(……、だめだ)

「悪ぃ。帰るわ」
「はぁぁ??なによいきなり!なんでぇ?」
「急用思い出したっ。じゃーな」
「おい、葉山ーー!」

周りの声を無視する勢いで教室を出る。
最初は速足だったのが、言いようのない焦燥感に駆られ、いつの間にか走り出していた。


「はぁ、はっ…」

中村のアパートが目に入る。
連絡をせずに彼の部屋に来るのはこれが初めてだった。

(頼む、出てくれよ…)

祈るように階段を上り、インターフォンを押した。

「…っ」

耳をすませるがドアの向こうは物音ひとつしない。

「まじ、かよ…」

背中を嫌な汗が伝う。
どうする!?

(あ、電話!)

パンツのポケットから携帯を取り出してみるが、そこで動きが止まる。
もし、部屋から呼び出し音が聴こえたら…?

考えただけでぞっとした。
その場から葉山が動けずにいると、階段を上がってくる音、そして聞き覚えのある声がした。

「葉山?」
「!!!」

振り返ると、そこには大きなバックを抱えた中村が立っていた。

「…ばかか、俺は」

安心すると同時に力が抜け、葉山はその場にしゃがみ込む。

「な、に?どうしたの?」

何日かぶりに見た中村は、少し疲れているようだったが、それ以外特に大きな変化は見られない。

「どこ、行ってた?」
「あ、実家に…。親戚に不幸があって」
「………そ」
「ねぇ、どうしたの?何かあった?」

中村は心配するように葉山の顔を覗き込む。

「お前がっ…!」
「え?」
「…なんでもねぇ。帰るわ」

中村から目を逸らし、葉山は立ち上がった。
これ以上一緒にいると、自分が何を言い出すかわからなかったから。

そのまま黙って立ち去ろうとする葉山の背に、中村が声をかける。

「もしかして、心配してくれたの?俺が死んでるんじゃないかって」

振り向くと、中村は今にも泣きそうな顔で、けれどそれを必死に隠しているようだった。

「葉山は俺のことなんか、もうとっくに忘れてるかと思った」
「…どんだけ鬼なんだよ、俺は」
「ふふ、違ったんだね」
「…俺は、」
「別に心配しなくて大丈夫だから、俺のことは気にしないで。それに正直言うと、まだ葉山と普通に話すのは結構辛い」
「…」
「でも、ありがとう。嬉しかった。葉山の中に少しでも俺は存在してたんだね…」
「俺はっ!」

止めろ、言ってどうする。また同じことを繰り返す気か?
頭のどこかで警告する声が聞こえたが、止められなかった。

「…俺は、いつもお前しか見てなかったよ」
「え?」
「だけど、お前に夢中になってどんどん深みにハマってく自分が信じられなくて、許せなくて。だからなるべくお前と距離を置くようにしてた」
「…何、それ?」
「自分のことばっか大事で、お前のこと全然考えてやれなかった」
「…。」
「悪い。こんなん今更だな」
「…嘘つき」
「嘘じゃねぇ」
「じゃあ葉山はっ。葉山は俺のこと…、好きなの?」
「…」

中村の問いかけに、葉山は苦しそうな顔をして視線を逸らし、俯いてしまう。

「どうして答えてくれないんだよ?」
「…このままじゃ、きっと俺はまた同じことをお前にする」
「じゃあ、変わればいいじゃない。ねぇ、葉山は一体何を怖がっているの?俺は、葉山が好きだ。今も、これからもずっと。葉山は俺のこと、どう思ってる?」

これまで葉山の前では一度も泣いたことのなかった中村が、この時初めて大粒の涙をこぼした。

(俺は、なにをこだわっていた?)

中村を手放し、泣かせてまで葉山が守らなければならなかったものとは一体なんだったのか。
世間体?自分のプライド?

(そんなもん、必要ねぇだろ)

葉山は中村の腕を取り、自分の方へと引き寄せ、そのまま躊躇することなく抱きしめた。

「ごめん、好きだ。お前がいればそれでいい」
「…っ!」
「もう、絶対泣かせないから。…だから、俺とつき合って?」
「…」

中村は、おずおずと葉山の背に自分の手を回し、そして小さくこくりとうなずいた。
震えている。嗚咽をこらえているようだった。

葉山は中村をいたわるように、ゆっくりと背中をさする。
しばらくすると真っ赤な目をした中村がゆっくりと顔を上げた。

「好き…葉山が好き。もう誰にも渡したくない。俺だけのものでいてくれる?」
「あぁ、俺はお前のもんだよ」
「ずっと、ずっとそう言いたかったんだ!葉山、ありがとう」

そして、中村はふわりと笑ってみせた。
こんな嬉しそうに笑う姿を見るのは、これが初めてだった。


なんで、はじめからこうできなかったんだろう。
でも、気づけて良かった。
もう二度と泣かせない。今度こそ大事にする。

葉山はそう心に誓い、中村を抱きしめる腕に力を込めた。


end.

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あきゅろす。
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