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Short Story
1
大名が自ら包丁を握る、というのはかなり非常識なことであった。そもそも、厨房とは女の領域であり、男子禁制な雰囲気がある。その上、大名とは人から世話をされて当たり前な立場である。厨女の真似事をするなと言われるほどであったが、それでも政宗は厨に立つことをやめなかった。
当初、兵糧開発を目的としたそれは、次第に趣味のものへと変化していった。政務や戦でくたびれた身体を休めるためにその腕を磨いていたという側面もある。何より、厨という男子禁制の地に近寄る者はあまり居らず、さらにそこに政宗がいると恐れ多くて誰も近寄らないために、一人で落ち着きたいときに料理をするというのは、政宗の中で習慣となっていた。
そんなことを何年も続けており、しかも凝り性な性格を持つ政宗である。その料理の腕前は舌を巻くものであり、旬のものを出すのが最上のもてなしという持論から、食材に関するこだわりもひとしおであれば、出されるものがまずいはずが無い。
それをわかっていたので、家康は今回の招待を随分前から心待ちにしていた。
深い仲になる前から何度か政宗の手料理は食したことがある。どれも非の打ち所の無いものであった上に、今日振る舞われる料理というのが特別なものであると知らされていたので、なおさらだ。
何がどう特別なのかは知らされていない。しかし、特別な理由は家康にも推測することができる。
今日、家康は政宗と同い年になるのだ。





目の前に出された料理に、家康は思わず怯んだ。
鰻やニンニクだけでなく、スッポンがふんだんに使われた料理がそこには並んでいた。おそらく右目の畑から収穫したのであろう旬の食材は栄養満点間違いないであろうし、食欲をそそる香りと、美しい見た目。未だ口にしてはいないが、まずい、と判断する要素はどこにも無い。

「味に影響が出ない程度に漢方も入ってんだ」

そう言って政宗が口にした漢方の名前は、薬の知識に明るい家康も知るものだ。勿論、その効能も。
滋養強壮、疲労回復、性欲増大…咄嗟に浮かんだその単語に、しかしまさかなと一瞬脳裏を過ぎった予感を振り払った。誘われているのだろうか、と思ってしまうのも仕方ないが、普段の政宗を知る家康はそれを気のせいであろうと考えを改めてしまうのだ。
夜の時間において、閨への誘いをするのは主に家康の側からであった。受け身の負担が多いために、政宗はその行為を嫌がる。尤も、それは表向きでの言い訳であって、本当はあられもない姿を見られることに抵抗があるのだろう。そう思うのも仕方が無いかもしれない。家康から見ても、政宗の乱れようは目を見張るものがあるからだ。
そんな、初なところも愛らしいと思うが、しかし時折は政宗のほうから迫ってほしいと思うのもまた男心である。
そんな心情と、目の前の事実と、冷静な理性が予想するものがないまぜになって思考を戸惑わせるが、ひとまず出されたものを食べるか、と家康は箸に手を伸ばした。
料理はどれも家康の好みに味付けされており、一口含めばまた次を掻き込みたくなるほどに美味なものであった。そのことをそのまま告げれば、料理を褒められたことを政宗は素直に喜んだ。
器が全て空になるのにさほど時間はかからず、食後にだされた茶をすすっていると、身体がポカポカと温かくなっていくのを家康は感じていた。料理の中に入っていた漢方の作用であることは明らかである。
居心地悪くしていると、政宗が腕を引いて起立を促した。逆らうことなく、引かれるまま足を動かせば、その先には褥が見える。
ちらりと政宗の様子をうかがえば、俯くかんばせは鳶色の頭髪で隠れてはいたが、隙間から覗く形の良い耳が深紅に染まっていた。

「きょ、今日は…好きにしてかまわねぇ、から」

引かれた腕の裾を未だに控え目に摘みながら告げられた言葉は、彼にしては珍しく歯切れの悪いものである。
誕生日おめでとう、と恥じらいながら告げられ、家康は堪らず政宗を褥の上に押し倒した。

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あきゅろす。
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