Short Story
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大名が自ら包丁を握る、というのはかなり非常識なことであった。そもそも、厨房とは女の領域であり、男子禁制な雰囲気がある。その上、大名とは人から世話をされて当たり前な立場である。厨女の真似事をするなと言われるほどであったが、それでも政宗は厨に立つことをやめなかった。
当初、兵糧開発を目的としたそれは、次第に趣味のものへと変化していった。政務や戦でくたびれた身体を休めるためにその腕を磨いていたという側面もある。何より、厨という男子禁制の地に近寄る者はあまり居らず、さらにそこに政宗がいると恐れ多くて誰も近寄らないために、一人で落ち着きたいときに料理をするというのは、政宗の中で習慣となっていた。
そんなことを何年も続けており、しかも凝り性な性格を持つ政宗である。その料理の腕前は舌を巻くものであり、旬のものを出すのが最上のもてなしという持論から、食材に関するこだわりもひとしおであれば、出されるものがまずいはずが無い。
それをわかっていたので、家康は今回の招待を随分前から心待ちにしていた。
深い仲になる前から何度か政宗の手料理は食したことがある。どれも非の打ち所の無いものであった上に、今日振る舞われる料理というのが特別なものであると知らされていたので、なおさらだ。
何がどう特別なのかは知らされていない。しかし、特別な理由は家康にも推測することができる。
今日、家康は政宗と同い年になるのだ。