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Short Story
2
冬、雪に閉ざされる奥州へ向かうには陸路を使うには危険過ぎる。自然と逢瀬も減るだろうと思われていたが、家康には空を飛ぶという手段がある。そのことを政宗は失念していたわけではないが、まさかこんな私的理由で本多忠勝を使うのと、冬の寒空を飛んで来るとは思わなかったのだ。実際、家康は普段の露出の多い山吹ね戦装束ではなく、綿がふんだんに使われた冬用の羽織りを身に纏ってはいたが、触れる指先や唇は冷え切っている。
ひとまず満足したのか、その唇が離れた。途端、政宗は待っていましたと言わんばかりに口を開いた。

「こんなに冷やしてんじゃねぇか…風邪ひいちまうぞ」
「なら政宗がワシを暖めてくれ。会えなかった時間を忘れるくらいに…」

家康の冷えた指先が政宗の着物の衿の隙間から忍び込み、その冷たい感触に快楽とは違う意味で政宗の身体が震えた。
せめて夜まで待て、と制しようとするが、胸の飾りをいまだ冷たい指でつままれ、言葉が喉で詰まる。それと時を同じくして、唇とは裏腹に高い熱を孕んだ舌が喉を舐め上げ、嬌声を上げてしまいそうになった、そのときであった。

「―――ゴホンッ」

突如聞こえたわざとらしい咳ばらいに、二人はわかりやすいほどに驚愕した。

「家康公。長旅でお疲れでございましょう。湯殿をご用意いたしましたのでそちらでお体を休めてはいかがか」

そこには竜の右目と名高い片倉小十郎がいた。その表情は一応笑みの形をとってはいるが、政宗に対しては菩薩のような優しさをたたえるその瞳は、今はまったく笑っていない。

「そ、そうか。それは忝ない!ではお言葉に甘えるとしようか…!」

政宗の上から即座に退き、家康はそそくさとその場を去って行った。
政宗と家康、二人の仲は小十郎も承知してはいるが、一種の、嫁の父と婿のような気まずい雰囲気を醸し出している。

「あんまりいじめてやるなよ」

少々乱された衿元を整えながら、政宗が言う。小十郎が現れた時は些か驚いたが、家康と違ってすぐに平静を取り戻した彼はもういつも通りの余裕の表情であった。
反面、小十郎は苦虫を噛み潰したような顔で、家康が去って行った方向を見やりながら主の言葉に答えた。

「お約束は致しかねます」
「…ほどほどにな。本多も黙っちゃいないだろう」

今は周囲にいないようであるが、あまり度の過ぎた嫌がらせは家康の護衛兼乗り物の彼の逆鱗に触れてしまうやもしれない。
そのことを想像したのか、小十郎の眉間の皺がさらに深くなった。

(…今年の冬は退屈しないですみそうだぜ)

どこを見ても面白いことだらけではないか。
そう思うと、当人達には悪いと思いつつも、笑いが込み上げてしまうのを止めることが出来ない政宗であった。

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あきゅろす。
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