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Short Story
2
半刻ほどもした頃には、成実が戻らぬ主従を探しに来て、ようやく安心したのか政宗はそこで意識を失い、小十郎も自らの足で本陣まで戻ったことは覚えているのだが、細かい記憶は頭に残っていなかった。
その後城に戻ると、傷による発熱で政宗は床に伏し、その穴を埋める為に小十郎は激務に翻弄された。数日もすると政宗が目を覚ましたと知らせが入り、片付かない書類も後回しにして寝所へと駆け出す。珍しく騒がしい足音を立てて廊下を行く右目に、すれ違う人々が皆驚きを隠せない表情を見せていた。
小十郎がそこにたどり着いたとき、既に政宗は縁側に腰掛けていた。顔色も随分良く、安堵のため息は肺の中の不安を全て吐き出させた。

「申し訳ありません。小十郎がついていながら政宗様にお怪我をさせてしまいました」

腰を落とし頭を床まで下げれば、政宗がこちらを見る気配がある。

「・・・・頭上げろ。んで、こっち来い」

言葉通りに巨躯を政宗の側に近寄らせた。彼女の隻眼に怒りの色は無い。
政宗は小十郎がすぐ隣に腰掛けると、彼の左頬へ手を伸ばした。そこには、十年前自らがつけた傷跡がいまだに走っている。

「あのとき、俺が言った言葉覚えてるよな?」

――――疱瘡で患った右目を切り落とさなくてはならなくなったとき、刃を握ったのは小十郎だった。政宗たっての願いで、命令であったとはいえ、主に刃を向けるとは家臣としてあってはならないと、小十郎は腹を切る思いでいた。
しかし、政宗は小十郎が腹を切ろうと握っていた小刀を奪うと、自らの手で彼の左頬に深く刀傷を刻んだ。

『今梵天は小十郎をキズモノにした。だから、梵天が責任を持って、小十郎の面倒を見てあげる』

顔半分を包帯で巻かれた少女はその後、悪戯っぽくにやりと笑いさらに言を続けた。

『小十郎も梵天のこと、キズモノにしたんだから責任をとれ』

一体キズモノなんて言葉、どこで覚えて来たのかということは、このときはまったく思っていなかった。あまつさえ将来嫁に取れもしくは婿に来いと解釈してもいいような発言。このときは気まぐれで命を救い、冗談を言っただけだと思っていたのだが、どうやらそうではなかったようで、その後彼女が身も心も大人になりかけていた頃に、改めて小十郎は政宗の気持ちを聞かされることとなり、少なからず主従関係以上の感情を持ち合わせてしまっていた小十郎が、想い人からのアプローチを受け流すことが出来るはずも無く、間もなくして二人は恋仲となってしまう。
始まりはまだ幼かったころのあの発言に間違いない。それは互いの共通の認識だ。

「・・・・もちろん。覚えております」
「ちゃあんと責任とってくれるんだよな?」

なんていったってキズモノにしてくれたのだから。そう笑う主に、小十郎は頭が上がらない。
政宗が浮かべる笑みは、あの日と変わらず悪戯っぽいものだ。からかわれている、とわかってはいる。しかし、小十郎には愛する主の振る舞いは全てが愛おしい。自然と己の表情も崩れてしまう。

「無論、そのつもりでございます」

誓いをたてるように、未だ笑む唇に口づければ、満足したように細い腕は小十郎の首へとまわされた。

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