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Short Story
2
「そなたが真田に来た経緯は全て理解しております」

幸村の口調は穏やかなものであるが、その身は未だベッドの上でしかも服装は寝間着のままである。対して、政宗は幸村のプライベートエリアの寝室の入り口で、手を身体の前で丁寧に組み直立しており、本来の身分から考えればありえない状況であった。

「本来であれば客人として招きたいところではありますが、生憎真田は客を招けるほど裕福ではありませぬ」

これはもちろん幸村の建前である。真田家は爵位こそ持たないものの、いくつもの事業を手がけており没落寸前の有名貴族に金貸しをしているほどだ。

「故に、働かざるもの食うべからずということで、そなたには働いていただきます」
「まわりくどいこと言ってるんじゃねぇよ。俺も全部知ってるんだから遠慮はいらねぇ。『あの人』にそうするように言われたんだろ」
「なるほど。不仲だとは聞いておりましたが…親子だというのに嘆かわしいことだ」

建前に隠された真実は、政宗とその母親にあった。

政宗の右目は完全に見えない。眼球自体が無いのだ。幼い頃かかった病によって失われてしまった。しかも、その病は目だけでなく、そのまわりの瞼や頬にまでその痕跡を醜く残した。しかも、生きるか死ぬかという病からなんとか生還した政宗であったが、そんな彼女の事を母は良しとしなかったのだ。

「そんな醜い顔になってしまったのなら、死んでしまえばよかったのに」

熱も下がり、ようやく面会謝絶が解かれたとき。第一声がこの言葉であった。
貴族の娘など、他の貴族の繋がりの為の婚姻の道具にしか使えないと考える母、義にとって政宗が病にかかり、それにより顔の一部を失ってしまったことは汚点でしかなかったのだ。死んでくれたならまだ他の貴族から同情もされただろうが、生き延びてしまうと基本綺麗なものしか好まない貴族に売り込む事は出来ない。
成長し、持ち前の色香と病の痕も薄くなり華美な眼帯で顔を彩る事で政宗は社交界の華となることができたが、義からの当たりが和らぐ事は無かった。むしろ、予想外に人受けした政宗を自身の野望に利用したのである。

いつまでもベッドから降りない幸村に、政宗は強張る身体から力を抜く事が出来ずにいた。ベッドと男性という組み合わせに、母に強要されていた日々を彷彿とさせるからだ。
幸村は、政宗のその過去のことまでは知らない。ただ、彼女と彼女の母はひどく不仲で、互いに視界に入れるのも厭うほどだということだけ噂で聞くのみだ。そして、現在の伊達の当主は幼い男児だという話なので、実権はその母に行ってしまうのは無理も無い事なのだろう。

「別に働く事に抵抗は無ぇ。あの人もそろそろ俺の顔を見るのが嫌になったんだろうし、俺としても家を出れるんだったらなんでもよかったしな。どんな雇用条件でもいい」

幸村としては本当に客人として招いてもよかったが、そうしたとき、もしも義にその事実が耳に入ったらという危惧があった。真田の家など、簡単に消えてなくなるだろう。伊達家は王室にも繋がりがあると言われているからだ。
しかし、どんな雇用条件でもいいという政宗の言葉に、若い幸村はよからぬことを考えた。性欲を持て余している17歳は、政宗の魅惑的な肉体に純粋に欲情したのだ。

「…では、某専用のメイドとして雇いましょう。使用人達の中にはそなたを良く思っていない者もおりますし、もとは高貴なお方に水仕事や力仕事ばかり任せるのも心苦しい」
「そんなにヤワじゃねぇよ」
「某がそうしたいのです。おとなしく受け入れられよ」

政宗はいささか不満そうにため息をついた。貴族の男はみんな傲慢でいけない、と思いながら、自身も一応貴族であった事を思い出した。尤も、もうただの使用人に成り下がったが。
別に、貴族の生活にしがみつきたいほど固執してはいない。政宗は貴族ではあったが、義に嫌われていたおかげでおよそ貴族らしい生活はできていなかったからだ。一応、食事と家と教育は一級のものであったが、そこには貴族達への枕営業が付属される。衣食住が最低ランクに落ちてでも逃げ出したいと思っていた。
だから、水仕事であかぎれを起こそうが、力仕事で爪を割ろうが、なんらかまわなかったのだ。

「旦那〜。もうすぐ朝ご飯だよ〜」

コンコン、とドアがノックされこちらの返事を待たぬうちに向こう側から佐助の声がかけられた。
詳しい話はまた後で、と言うように幸村がベッドから抜け出し政宗が見ていると言うのに着替えはじめた。男の身体など見慣れているし、幸村と同じ歳くらいの者とも寝た事がある。だが、なんとなく視線はそらした。もう彼は主人であり自分は使用人である。まじまじと直視するのは失礼かと思ったのだ。

「某、腹が減りました」

明朗に笑う幸村は、政宗の過去を知らないし、政宗も知らないのだろうなという印象を抱いた。
もし、彼が知ったらどうなってしまうのだろうか。
そんな政宗の胸の内を知る由もなく、幸村は政宗とともに部屋を出た。
さりげなく背に手を回し、そのくびれの細さを確認する手つきに政宗が気付く事は無かった。

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