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Short Story
1
朝日とともにやってきた女が持っていた荷物が小さなボストンバッグ一つだったことに、佐助は驚いた。てっきり、何台もの馬車でたくさんの衣装や化粧品を持ち込むと思っていたのだ。だが、辺りを見回しても女は連れもなく一人きりで、その身に纏う衣服も特別高級なものではなく、そのあたりの町娘と同じような格好だった。だが、そう感じさせない気品と洗練された所作が錯覚を起こさせる事はなく、さすがだなと佐助は素直に女を賞賛した。
女の名は伊達政宗。女でありながら男の名である理由を佐助は知らない。だが、伊達の名前は知っていた。伊達家は、真田の家なんかとは比べ物にならないくらいの名家である。政宗はそこの息女だった。そんな彼女が、貴族の執事とはいえ所詮平民出身の佐助に弱った面を見せるはずが無い。
ただし、今日から政宗は立場的に佐助の部下となる。何故、大貴族のお姫様が有力とはいえまだまだ発展途上の家に預けられたのか。しかも、嫁ぐのではなく、使用人としてである。そのあたりの政治的思惑を佐助はわからないし、わかりたくもない。貴族達の内緒話に首を突っ込むほど命知らずではないし、知る必要があるのであれば当主直々に説明があるだろう。だが、今のところそれは無いので、政宗が何故ここにいるのかということに関しては、佐助に知る必要はないということだ。しかし、昨日まで贅沢三昧で自分達を使う側だった貴族の女が、今日からは使われる側になったことは屈辱的なことであろうということは容易に想像できた。
使用人達が寝泊まりする離れの南向きの角部屋は、本来であるなら3人で共有してもらう部屋であるが、いきなり他人との共同生活はつらかろうという佐助の配慮だ。

「別に良くしてもらわなくてもいいぜ。覚悟はして来ているからな」

その言葉通りなのだろう。政宗の表情に陰りはない。先ほどから狼狽した様子も全く見せていないので、ただプライドが高いだけの温室育ちの貴族のお嬢様ではないようだと認識を改めた。
没落した貴族がスラムで身体を売りながら生きて行く事だってある世だが、伊達の家は未だ健在であり、しかも資金難であるという話も聞いていない。それに、彼女を受け入れる際にはそういった金銭のやりとりはまったく無い様子だった。そんな不可思議な状況で現状を突きつけられていると言うのに、目の前の女はまったく動じていない。

「まあ、そう言わずにここ使ってくださいよ。アンタが想像してる以上にキツい仕事だ」

実際、仕事は今日から与えられるのだ。簡単なものから教えて行く予定であるが、簡単なものほど肉体労働の割合が高い。見るからに政宗の身体は美的方面で洗練されたものであり、労働に向いているように見えなかった。
先に接客対応を教えたほうがいいだろうか、と考えていたときである。それよりもやらなければならないことを思い出した。

「朝食の前に、旦那様に挨拶にいかないと」
「…ああ、そうだな。俺も会った事無ぇし」

先ほどから気になっていた男言葉は女のクセであるらしい。決して虚勢で発しているのではなく、自然と舌に乗っている印象の言葉達に違和感は無く、この家に来た経緯も含め変な女だ、と佐助は政宗にそう感想を抱く。少なくとも俺の好みじゃないな、とは思ったが、涼しげな容姿にはあまり似つかわしくない豊満な胸には思わず視線が行ってしまう。気を抜くと胸元を覗き見ようとする眼球をよそへと向け、佐助は政宗とともに真田家本邸へと足を向けた。


カーテンから漏れる朝日をひいて、未だベッドの中で埋もれて惰眠を貪る年下の主人を佐助は揺り起こした。寝具の中からくぐもった声が漏れ、あちこちにはねた赤茶の髪の隙間から同じ色の瞳がこちらを見上げる。

「おはよう旦那。例の人、連れてきましたよ」

ああ、とまだ寝ぼけ眼で真田家当主、幸村は答えた。
むくりと起き上がった適度に鍛えられた身体からは、寝間着越しとはいえ若さと寝起きの何とも言えない気怠さ特有の色気が漂っている。貴族の若い娘さんにこれは目に毒だろうと、佐助はちらりと政宗を見やった。だが、想像に反し政宗は頬を赤らめるでもなくけろりとしている。
おや、と佐助が思っている間に幸村は完全に目を覚ましたらしい。

「佐助。少し外せ」

貴族同士で話す事もあるのだろう、と佐助は幸村のその言葉に特に反抗する事もなく、しかし朝食には遅れないように、とだけ告げて部屋を出た。

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あきゅろす。
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