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Short Story
1
朝晩の冷え込みは、秋を実感させるよりも冬の訪れを感じさせる。今年の初雪はいつ頃であろうか、と幸村は青空を見上げた。太陽は夏ほどの苛烈さは無く、冬の間の別れを惜しむように燦々と輝いている。
気温的にも今くらいの季節が一番動きやすい。実際、自らの目の前で手合わせをする政宗の動きにはキレがある。汗を流す彼を見遣った後、以前より幾分柔らかくなった両の手を見下ろす。ニ槍を握っていたそこは、最近は筆や箸くらいしか持っていない。世が戦の無い太平の時代へとなったこともまったく関係が無いわけではない。だが、一番の原因は幸村の身体にあった。以前より脆弱な印象を与えるようになった腕を、その原因となった胸へと手を伸ばす。その先には大きな傷があった。
大阪夏の陣と後に呼ばれる戦で、真田幸村は死んだ。しかし、幸村は生きている。影武者をたてて逃げ延びたのだ。もっとも、だからといって再起を謀ろうとはしていない。否、できないのだ。胸に出来た大きな傷は、幸村の呼吸に大きく影響を与えた。生きていくのに支障はないが、安静な生活を余儀なくされることになったのだ。それを思えば、ある意味で真田幸村という存在は死んだと言えるだろう。戦場において生きる価値を見出だしていた幸村にとって、現在の日常は虚ろなものである。
生きたいとは思わない。だが、死にたいとも思わない、と考えていた。
そう。考えていたのである。それはあくまで過去形のもので、今はそうではない。

「…大丈夫か?」

いつの間にか手合わせを終えたのだろう。政宗が縁側に座す幸村の顔を窺うように傍らにいた。どこか沈んだ表情の幸村が傷に手を伸ばしていたので、古傷が痛むのかと思ったのだろう。その表情は不安げであった。

「心配無用。傷が痛むのではござらん」

そうか、と一言だけ口にして安心したように笑む政宗を見て、幸村もつられて表情を柔らかくした。
今の幸村の生き甲斐でもある、政宗の笑顔を見て嬉しくないわけが無い。大阪の陣の後、徳川にいつ存在が知られ刺客が差し向けられるかという不安と恐怖。いっそ命を絶つことが出来たらとも思うが、共に生き延びた家臣や兵達の手前そうすることもできない状況に、傷を癒やす暇はなかった。そんな中、独自に幸村の生存の噂を耳にしていた政宗が彼を奥州に匿ったのだ。

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あきゅろす。
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