Short Story
1
朝晩の冷え込みは、秋を実感させるよりも冬の訪れを感じさせる。今年の初雪はいつ頃であろうか、と幸村は青空を見上げた。太陽は夏ほどの苛烈さは無く、冬の間の別れを惜しむように燦々と輝いている。
気温的にも今くらいの季節が一番動きやすい。実際、自らの目の前で手合わせをする政宗の動きにはキレがある。汗を流す彼を見遣った後、以前より幾分柔らかくなった両の手を見下ろす。ニ槍を握っていたそこは、最近は筆や箸くらいしか持っていない。世が戦の無い太平の時代へとなったこともまったく関係が無いわけではない。だが、一番の原因は幸村の身体にあった。以前より脆弱な印象を与えるようになった腕を、その原因となった胸へと手を伸ばす。その先には大きな傷があった。
大阪夏の陣と後に呼ばれる戦で、真田幸村は死んだ。しかし、幸村は生きている。影武者をたてて逃げ延びたのだ。もっとも、だからといって再起を謀ろうとはしていない。否、できないのだ。胸に出来た大きな傷は、幸村の呼吸に大きく影響を与えた。生きていくのに支障はないが、安静な生活を余儀なくされることになったのだ。それを思えば、ある意味で真田幸村という存在は死んだと言えるだろう。戦場において生きる価値を見出だしていた幸村にとって、現在の日常は虚ろなものである。
生きたいとは思わない。だが、死にたいとも思わない、と考えていた。
そう。考えていたのである。それはあくまで過去形のもので、今はそうではない。