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Short Story
1
呼吸をするたびに、肺や喉の中に結露ができてしまうのではないかと錯覚しそうなほどだった。肌にじっとりとまとわりつく湿度。気温はそれほど高くないはずなのだが、身動きをする度に肌が汗ばむ。
天空は濃い灰色一色で、そこから大粒の雨が激しく地上に叩き付けられている。校庭は水たまりだらけで、むしろ地面と水面の割合は明らかに後者のほうが多い。あと数十分もすれば、完全に水に沈むだろう。

「さっさと帰ったほうが早かったかなー。やむ気配全然ないぜ、旦那?」

手にした携帯ゲーム機の電源を切って、佐助は目の前の幸村に話しかける。机の上のプリントを見るが、シャープペンシルがその軌跡を描いているのは紙の上半分だけであった。

「佐助だけでも、今から帰ればよかろう。俺はまだ時間がかかる・・・」

その言葉の通りで、佐助がちらっと見ただけでも、そのプリントの解答の正否には疑問があるものばかりだった。教科書やノートを見ながらやってもいいという教師の言葉に、意地っ張りで頑固な幸村は素直に従わず自分の力だけでやってみせると躍起になっている。この調子じゃ間違いなくやり直しだな、ともう一度携帯ゲーム機の電源を入れる。一人で帰る気はさらさら無い。かといって、答えを教える気もないし幸村も教えろと言うことはない。そんなものはお互いのためにならないし、きっとバカ正直なこの男は、そんなことをしようとすれば激怒するだろうとわかっていた。
しかし、待つことよりもこの不快度指数を急上昇させている湿度をなんとかしてほしい。気温は下がり始めているはずだが、激しさを増す雨は空気に重量感を与え続けている。

「・・・お前らまだいたのかよ」

呆れるような声のほうを見る・・・いや、見なくても誰かわかるが、一秒でも長く好きな人を目に収めておきたいと思う恋心がゲーム画面から視線を外させた。その数瞬後に、ゲームオーバー音が聞こえたが、気にしない。そのまま佐助はゲームの電源を切る。

「政宗殿・・・お恥ずかしいところを」
「人には向き不向きがあるもんだ。たかが赤点一個で俺たちの貴重な青春の時間を無駄遣いさせてる先公どもは、そこんところをもうちょっとわかってほしいよな」

幸村は決して成績が悪い訳ではない。苦手な教科もまあなんとかなっていたのだが、今回のテストはたまたま数字が低かった。授業態度も良好なので、追試や補習ではなくプリント一枚で見逃してやるという先生の配慮だったのだが、政宗の目からみれば、それすらも不要に思えてしまうのだろう。
政宗は二人の横の席の椅子に横向きで足を組んで座る。白い太腿の内側が見えて少し危険な感じだが、何故か下着は見えない。ちゃんと計算されているのか、偶然なのか。

「でもそのおかげで今、政宗殿と話が出来る」
「Ahー・・・まあ、可愛い女の子とのtalkも青春だなぁ」

実際、政宗は可愛い。それは自他共に認めるものだ。鳶色の髪は湿度の所為でスタイリングが大変であろうに、しっかり自然にまとまっていて蛍光灯の光を反射してつやつやしている。肌も、同級生の女の子達はみんな少しずつ焼けてきているのに、彼女は年中真珠色だ。さくらんぼと同じ色をした唇はリップクリームでうるうるしていて、今にもむしゃぶりつきたいくらい。校則より短めのスカートからすらっと伸びる紺のハイソックスに包まれた足は、誰もがうらやむ美脚。胸だって大きくて、スタイルに関してはそのへんのグラドルに負けてないし、本人もそれをよく話のネタにしている。
だが、佐助は知っている。彼女がそうやって飄々として振る舞う影で、幼い頃に病気で失った右目のことがコンプレックスだということを。それを感じさせない為に、彼女はこうやって強く振る舞う。

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