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不器用な人々(無双ミツダテ/戦国/♀)

豊臣秀吉による平和も馴染みのものになって、地方の小規模な暴動なども沈静化しはじめていた。武器を持って弓や銃弾をくぐり抜けていた日々は、筆を持って書類に目を通す日常に変化する。そのことが、三成は嫌なのではない。もともと、どちらかというと戦場に自ら立つよりも、補給を管理したり帳簿をつける業務のほうが好きであった。問題はそこではないのだ。
秀吉から多大な信頼を置かれている三成は、大阪を活動の中心としている。その三成がそうやすやすと、この地を離れることは出来ない。まだ、戦乱の世で戦が頻発していた時期は大阪の外に出ることもあった。そして、戦場には、彼女がいた。奥州王、と畏怖されてはいるが、三成にとってはただの愛しい女。政宗のことだ。
野心家で、若く力もある政宗は当初秀吉の傘下に入ることを嫌がっていたが、近ごろは大人しい。世間一般的には、すでに大勢の決まってしまった世にいいかげんに諦めもついたからだろう、という考えであるが、その大人しい理由には、自分の存在があるに違いないと三成は信じている。尤も、左近あたりは「どうですかね」と鼻で笑うだけなのだが、左近のひやかしはいつものことなので聞き流している。
その、政宗と会う機会がなかなか無いのだ。秀吉に降る前より領地は減らされているとはいえ、それでも奥州のまとめ役の伊達家の当主である。三成同様なかなか領地を空けることは出来ない。手紙のやり取りが無いわけではないが、それも中を見てみれば季節の挨拶と奥州の近況で終了するというなんとも色気の無いものであった。
まるで、これでは愛を語るのを拒まれているようでは無いか。ガラにもなく三成は怖じ気づいてしまう。歌を詠むのにも長けていると評判の政宗であったが、彼がそれらしい文字の羅列を手紙のやり取りの中で見たことはなかった。
まるで口にしてくれるなと言うような書面に、三成もついつられて事務的な手紙にしてしまうのだった。

「・・・これでは、距離は遠のくばかりではないか」

最後に彼女に触れたのはいつのことやら。
政宗よりも年長な三成であるが、まだまだ枯れるには早すぎる。彼女に対する恋情が、身体を熱くさせることも少なくはない。だが、色街の女で済ませることもせずに一途に耐えていた。



やりきれない想いを抱きながらも、大阪の地で日々を過ごしていた三成であったが、そんな彼に朗報が届いた。政宗が、大阪に来ているのだという。
それを左近から聞いて嬉々とし、しかしそのすぐ後に表情を曇らせた。大阪に来るのであれば、こちらに一報あってもいいだろう。
最近手紙のやり取りが無かったわけではない。
左近の、どこか冷ややかな視線を感じる。二人の関係を知らないわけではないが、それに政宗側の気持ちが伴っているのかどうかは半信半疑な彼としては、それみたことかと言いたくなる出来事だ。
そんなことは、ないはずだ。
三成の足が、大阪伊達屋敷に伸びたのは自然なことだろう。多忙な仕事を放って来てしまったが、自分の有能な部下達なら、一日くらい自分がいなくても大丈夫なはずだ、と身勝手な考えのもとである。平和になったらなったでそれなりの忙しさがあり、以前よりも仕事量が増えた三成である。少しくらい、休んでもバチはあたらんだろうと自分に言い聞かせた。
屋敷には最低限の人員しかいないようであった。不用心な、とは思うが過度な警備を嫌うのは三成も同じである。
別段、隠しているわけでもなければ公にしている仲でもないが、さすがに政宗の近くにいるものであれば二人の関係は承知のものであるのか、通されたのは大阪の屋敷での政宗の私室であった。しかし、そこに政宗は居なかった。硯に溜まった墨汁と、側に置かれた筆の先が潤っていることから、場を離れてそれほど時が経っていないことがわかるが、三成を不安にさせるにはそれで充分だった。

「・・・何をぼうっとしておるのじゃ」

政宗の手には盆に乗せられた菓子と茶があった。三成も何度か口にしたことのあるずんだ餅だ。甘いものをあまり好まない三成が、珍しく手が進むものだった。そのことを政宗は気にかけ、なるべく茶菓子はこれを出すようにしていたのだが、三成はそのことに気がついていない。
その、菓子の中でも数少ない食べられるものであるずんだ餅を前に出されても、三成の食指は動かない。異様なのどの渇きを覚えて茶を一口含んだのみで、特に何かを言うわけでもなく、二人の間は沈黙が重く漂った。

「おい・・・」

その、沈黙で濁った空気を動かしたのは、三成のほうであった。政宗のずんだ餅は小腹が空いていたこともあり、すでに全て皿からへ口と移動済みである。もぐもぐ、ごくん。と飲み込もうとしたとき、三成が言葉を続けた。

「・・・俺のことを、好きか?」
ぐっ。突拍子も無い質問に、飲み込もうとしたずんだ餅が食道ではなく気道のほうに入りかけたが、すんでのところでそれはまぬがれた。しかし、喉のに違和感が残り、茶と一緒にその違和感を飲み込む。
ようやく落ち着き、改めてその質問を投げかけて来た三成を見やれば、妙に神妙な顔をしていた。三成からしてみれば、腹心からはからかわれているし、何より心のよりどころでもある政宗にとって、自分は一体どういう存在なのか。多忙で寝不足気味であった頭ではそんな後ろ向きなことしか思い浮かばない。
少し隈の浮いた目でじっと見つめられると、政宗としてはなんとも落ち着かない。

「貴様、そんなことでずっと押し黙っておったのか。馬鹿め」

馬鹿、といわれて気分がいいものではない。何か言い返してやろうと思った三成であったが、突然ぐいっ、と腕を引かれた。体勢が崩れ、咄嗟にそれを直そうとするが、そんな間も与えずに政宗は三成の身体をそのまま自身のほうへと引き寄せた。戦場を離れて久しいものの、甲冑に身を包み戦場を駆けていた身体は、それなりに逞しかった。細身の男一人を引っ張る位は容易い。
そのまま、三成の視界がぐるっとまわった。視界には天井と、政宗の顔がある。後頭部には、申し訳程度に柔らかな感触があった。所謂、膝枕だった。

「こんなに隈を作りおって。だからそんなくだらぬことばかり考えるのじゃろう。しばし休むがよい」

目の下を、政宗の指が優しくなぞった。そのまま政宗の指は、目の縁を伝って瞼の上まで皮膚を渡り、ゆっくりと三成の視界を閉ざした。もう片方の手も、三成の髪を撫でていて気持ちがいい。おぬし、顔を取ってしまったらしょうもないだろうに、と笑みの含んだ声が降ってくる。

「・・・貧相な枕だな」

意趣返しのつもりで、三成がぶっきらぼうに言い放つ。
政宗もさらに何か言い返したような気がしたが、愛撫にも似た手の感触と久しぶりの逢瀬に沈みかけている意識では、聞き取ることが出来なかった。ずぶずぶと落ちていくまま、三成はそれを引き止めることはせず、惰眠を貪ることにした。



がやがやばたばた、と若干の喧騒で三成は目を覚ました。
睡眠不足でぼんやりしていた思考はすっかり明快になったが、ぱち、っと瞼を開いた瞬間に、眠りに落ちる直前と同じように政宗の顔があったときには驚いた。彼女の膝枕で寝たことを忘れていたのではない。ずっとこの体勢でいたのか、と。
部屋を見渡せば、宵の闇が少しずつ迫って来ていた。

「ああ、起こしてしもうたか」
「・・・悪い。もしかして忙しいのか?」

三成とて、今日ここに来たのは半ば無理矢理だったのである。奥州を治めている政宗が暇を持て余しているはずなどないのだが、膝に三成の頭を乗せたまま政務をしていた様子も無い。

「仕事などないわ。全て片付けて来たのじゃからな」

今、少し騒がしかったのは、左近が尋ねて来たのだと言う。何か、三成の決裁が必要なものが出て来たのだろうが、三成の様子を見て引き返していったと政宗は語った。
正確には政宗が「寝ているのじゃから後にしろ」と追い返したのだが、ひねくれ者の彼女がそれを語ることは無い。
三成からすれば、急用ではなかったのだろうか。と気にならないわけではなかったが、叩き起こさずに帰ったのならそこまで重要な事柄でもなかったのだろう。と、このことに関してはさっと頭の中から消し去った。
それよりも、政宗のことである。

「では、何故」

政宗の手が、三成の額から髪を撫でた。最近は刀を握っていないのか、柔らかい掌がゆっくりと流れる。昔は、胼胝だらけの硬い手だったはずだ。

「好いた男に会うのに、理由など必要か?」
「なんだ。今日はやけに愛いな。変なものでも食べたか」
「ふん、貴様こそ。素直に甘えるなど、明日の天気は槍かの」
「・・・貴様が甘えさせてくれないのではないか」

つい漏れた本音に、政宗の凛々しい眉がぴく、と動いた。心外だとでも言いたいのだろうか。だが、三成からしてみれば、彼女からの文は微塵も隙を感じさせないものだ。

「それができれば、わしとて・・・」

虚空を見つめていた政宗が呟いた一言は、三成の耳になんとか届いた。おそらく、本人は聞かせるつもりの無い言葉であっただろうが、起こってしまったことはもう取り返しがつかない。

「なんだ。貴様も甘えたいのか」

三成が、政宗が驚くのもかまわずに急に起き上がった。今の今まで、三成の髪を撫でていた手は行き場無く宙に漂っている。それを手に取り、三成は自身のもとへと引いて、先ほどまで政宗がしてくれていたように、自らの膝の上へとその小さな頭を収めた。

「これであいこだな」

存分に甘えるがいい。と、満足げに三成は笑む。
しばし放心していたのか、政宗は呆気にとられたようにその笑みをただ見ていたが、幾度も頭を往復する男の手に次第に思考を復活させ、今の自分状況を思ったのだろう、頬を赤く染めた。やはり、今日は愛いな、と三成はさらにその笑みを深めた。
普段は前髪に隠れる額だが、重力に従い流れる髪によって露になっている。皮膚のすぐ下に骨がある額は決して柔らかくはないが、政宗本来の肌はとても触り心地が良い。しっとりと吸い付くような手触りの額から、さらり、と痛みの無い髪へと撫でる手を移動させる。やがてあきらめたのか、政宗は一つきりの瞳を閉じた。

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あきゅろす。
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