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大学生パロ
3

猿飛と別れた後、午後の授業も寝て過ごし、終了のチャイムと同時に目覚めるといつものように店に直行する。
いい大根と豚が手に入ったので、この前の日曜日にも様子を見に来た小十郎が置いていった人参と牛蒡、ネギと一緒に豚汁にして、今日のお勧めメニューにする。もちろんみそは自家製だ。
もともと、飲み屋としてというよりは和食ダイニングのような店にしたかった。周りを見渡せば似た様な店ばかりのこの界隈で、それでは生き残れないだろうと急遽アルコールメインにしたのは苦渋の決断ってやつだ。お約束のビール、チューハイや日本酒から女性をターゲットにしたカクテル。ちょっと趣向を変えてワインも少しだけ置いてある。日本酒は、もともと実家の場所が米所なだけあって多少は明るかったからよかったが、カクテルは作った事が無かった。開店までのわずかな時間でマスターした付け焼き刃的なものは、今では難易度が高いとされるカクテルも出すようになった。
そんな幅の広いメニューが人気を呼び、今では土日はそれこそ目が回る様な忙しさだ。平日も入る時は入るが、基本は数えるほどの客しかこない。
そんなとき、テーブル席の一つに腰を下ろし教科書とノートを開く。時間は無限にあるわけではない。仕事中に寝るわけにはいかないからと学校で寝てしまう分、どうしても勉強が遅れる。店が繁盛していても学校を無事に卒業できないんじゃ、何も意味が無い。
自分で言うのもアレだが、頭は悪いほうじゃない。成績の面では今のところ文句無しだろうから、このまま油断せずに店の経営を持続させれば、こっちのものだ。

「・・・絶対、自由になってやるんだ」

もう、足をつながれた籠の中の鳥には戻りたくない。



「こんばんわ〜っと」

猿飛佐助がやってきたのは、もうそろそろ幼子は寝る時間というころだった。早い者はもう表で千鳥足で歩いているし、店に入るよりは出るほうが時間的にはふさわしい。
おそらく、忙しい時間帯に来ては迷惑だろうと彼なりに遠慮したのだろうが、生憎と今日は18時の開店から今まで、2人の客しか入れてない。しかもその客ももう帰っていて、店にはテーブル席で勉強している俺だけだった。

「よう。待ってたぜ」
「え?待っててくれたの嬉しいなぁ。そんなこと言われると俺期待しちゃう!」

あからさまに嫌な顔をすれば、猿飛佐助はあわてて「冗談!冗談だって!!」と人の良さそうな笑顔を寄越す。
厨房に戻ろうとテーブル席から立ち上がり、同時に筆記用具と教科書やらも片付ける。こうやって成績を維持しているのだと、教える事になってしまったが、彼ならば問題ないだろう。言いふらす様な人間にも見えないし。

「とりあえず、なんか適当に食わせてよ」
「んじゃ一番高いもん作ってやるよ」
「やっぱヤメテ。・・・・表におすすめメニューみたいなの出してたよね。あれちょーだい」

まるで子供のように出てくる料理を楽しみにしている猿飛に、思わず頬がほころぶ。客のこういう態度は、嫌いじゃない。
新潟の米を茶碗によそい、丼と言ってもいいくらい大きな漆の器に豚汁を注ぐ。ご飯にあうだけでなく、酒のつまみにももってこいな味に仕上げた魚の煮付けは単品でも注文できる一品だ。漬け物のきゅうりとかぶも、小十郎がくれたもので、昨日の夜から漬けてあったものを出す。
酒はあえて出さない。居酒屋と銘打ってはいるが、俺は本来は酒ではなく、料理を売りたいからだ。

「美味しそ〜!いっただっきま〜す」

うま〜い!と豚汁をすする猿飛は、昨日よりも少し落ち着きが無いように見えた。まあ、連れの二人がなんだか落ち着きの無い感じだったから、逆に落ち着かざるをえないのかもしれない。どちらかというと昨日は二人の様子をうかがいながら、セーブして酒も箸も進めていた感じだったが、今日は本当に、本能の赴くままというか、純粋に食事を楽しんでいた。

「そこまで気持ちよく食ってもらうと、こっちも嬉しいぜ」

無理難題をふっかけられはしたが、あの家を飛び出してよかったと思う。こうして、自分の食事を純粋に味わってくれる人に出会えた。

「ねえねえ」

みれば、早くも猿飛の手の中の漆の器は空になっていた。相当な大きさの容器に入れたはずなのだが、どうやら彼もなかなかの大食漢のようだ。
すっ、とさしだされた器は、何も言わなくても何がしたいのかわかる。だが、猿飛は言った。

「おかわり、していい?」
『こじゅうろう・・・・・おかわり、くれ』
「・・・・・!!!」

ダブる、記憶。
決して彼と、あのとき、家に縛り付けられていた自分の状況がかさなるわけではない。だが、何故だろう。昔の自分と彼の言葉が、今確かにシンクロした。
突然顔が強張った俺を怪訝に思ったのか、猿飛は一瞬眉根を寄せた後「あっ」と声を上げ申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「もしかして、もうおかわり無いとか?ならいいよごめんね」
「あ、いや・・・そうじゃねえよ。わりぃな。ちょっとぼうっとして・・・」

差し出された器を受け取り、もう大分量を減らした鍋の中身をお玉ですくう。猿飛の分をよそった後、店の扉にぶら下がっている「営業中」の札をひっくり返して「閉店中」にする。外は雨が降り出していた。突然の雨に、先ほどまではほろ酔いのいい気分だったリーマンも、鞄を頭の上に掲げて慌てて走り出している。夕方までは、太陽が春の柔らかい光で照らしてくれていたはずなのだが、せっかちな雨雲が闇色の空を覆ってしまったようだ。
店の中に戻り、もう一人分も残っていない豚汁を猿飛のよりは小さな器によそって彼の隣に座った。

「もう今日は店じまいだな。なんか雨も降ってみるみたいだし」
「え。俺今日傘持ってない」
「貸してやるよ。うち近くなんだ」

まあ、それまでは濡れるけど、ここから駅と家から駅の間を歩かなければならないだろう彼を考えると、少し遠回りでも傘を貸したほうが良さそうだ。さっきまではぱらぱらと降る程度だった雨も、店の中にその音が聞こえるくらいに雨脚が強くなっている。
このあたりの土地に明るくなさそうだからバスは路線が分からないだろうし、タクシーなんて高くつくからもってのほかだ。どうしても、徒歩が基本の大学生にこの雨の中頑張って走って帰ってくださいとは言いにくい。
幸い、明日は休業日だ。今日は片付けだけして早めに上がって、仕込みやら伝票整理やらは明日すればいい。事務仕事は毎週土日に来る小十郎がしてくれたりするのだが、いつまでもあいつに頼っているわけにも行かない。あいつだって、いつ家から俺の手伝いをやめろと言われるか分からないのだから。

「心配すんな。明日店は休みだからちょっと洗い物すればすぐ帰れる」
「えー、ん〜・・・じゃあ、お言葉に甘えて」

同じようなことを考えていたのか、苦笑しながら猿飛は俺の提案を受け入れた。
俺が器を空にする頃には、猿飛も二杯目を完食していて、気がつけば魚の煮付けも漬け物も、茶碗のご飯は米粒一つ残さず平らげてあった。
食器を下げて食後のほうじ茶を出してやれば、とても意外そうな顔でこちらを見てくる。

「お酒、出さないんだね」
「・・・・まあ、俺としては酒よりは料理のほうを楽しんでほしいからな」

酒のほうは成り行きで出してるだけだ、と付け足せば、あまり興味が無いのか、ふうんと一言漏らしただけで茶に口をつけた。飲みやすい温度にしてあることに気がついたのか、嬉しそうにすすっている。
猫舌の俺は、あまり熱い茶が好きじゃない。だから大体は少しぬるめのお茶を出す。中には熱い茶が好きな客もいるだろうが、飲み物無しで食事をし続けた今のこいつはきっと口の中がしょっぱくなっているはずだと、ごくごくと飲める温度に出したのだが、どうやら正解だったらしい。
ほうじ茶の水面が湯のみの底に近くなった頃には俺の洗い物も終わっていて、事務所のほうから2、3書類をファイルに入れて、筆記用具や教科書と一緒に鞄に突っ込む。これから季節は暖かくなる。食中毒への注意を呼びかけてある書類は決して無視できる内容のものではない。
椅子に引っ掛けてあったスプリングコートを羽織って、猿飛のほうを見れば彼も出る用意ができているようで、上に来ていたパーカーのフード部分が派手な色の頭を覆っていた。雨は弱まる事を知らないらしく、傘を持っていない俺たちはずぶぬれ覚悟で出て行かなければならない。

「うし、行くか」
「はいはーい」

店を出た後鍵を閉め、そのまま家の方向へと走り出す。
そういえば、こっちに来てから小十郎と成実以外の人間を家に上げるのは初めてだなと気づいて、同時に少し内心で自分を笑った。
昨日知り合ったばかりの人間を、傘を貸す為とは言え家に上げるなんて、俺も随分お人好しになったな、と。

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