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3
 狭くて急な階段を登って通されたのは、篠井の部屋だった。
 驚いたことに、結構片付いている。というより、部屋が狭いわりに表にでているものが少ない。 
 ベッドと、背の低い本棚と、ローテーブルがひとつ。勉強するような机が無いことに少し驚いたが、篠井らしいような気もする。
 篠井がスイッチを入れるとエアコンは低いうなりをあげ、テーブルで向かい合って焼きうどんを食べた。
 俺が美味いと言うと、篠井は得意そうに笑い、気持ちがそのままでたような表情が小さな子みたいで少し可愛いと思う。もちろん本人には言えないけど。
 それにしても、これほどまでに好意を表にする奴の側にずっといたのに、遥は本当に篠井の自分への気持ちに気づかなかったのだろうか。
 確かめる術なんてないのに、どうしても考えずにいられない。
 この家が、篠井が遥と暮らしてきた空間だからなのか、いつもより遥の存在を意識してしまうようだ。
 今でも一緒に暮らしているんだから、もしかするとふとした拍子に篠井が抱き続けてきた想いに遥が気づいてしまうかもしれない。
 今までがそうじゃなかったからといって、これからもそうであり続ける保証はないわけで、もしもそうなったら篠井はどうするんだろう。
 もしも、ある日突然、遥が――。
「どうした?何か変なもん入ってた?」
「え。いや…。ごめん、なんでもない」
 いつのまにか手が止まっていたことに気づいて、何気ない風を装って再び皿に箸を伸ばす。
 考えてもしかたのないことを考えるのはもうやめようと俺はそれきりにしたかったのに、篠井が口をとがらせて言った。
「なんだよ。言えよ」
「なんでもないよ」
「言えってば」
 何回か同じ応酬があった後、相変わらずしつこい篠井に困り果てて、俺は慌てて理由を探した。
 考えていたことをそのまま告げるのは、まるで篠井を信用していないみたいだし、何よりも篠井の反応を知るのが怖い。
「…あの、篠井は卒業したらどうするのかなって。訊こうかどうしようか考えてた」
「ええ?そんなこと?」
「んー、飯食ってる時に真面目な話ってどうなのかなあとかさ、考えちゃって」
 転校してから篠井と進路について話したことはなかったから、知りたかったのは本当のことだ。嘘ではない。
 それで篠井が納得するようにと心の中で祈って彼を見ると、篠井は俺から目をそらして呟くように言った。
「一応、進学するつもり。どっちにしろ卒業したら東京行っとけって母ちゃんに言われてるし…」
 語尾を濁して篠井は皿に残ったうどんの切れ端を箸で持て余すように片側に寄せた。
「そうなんだ。先生に相談とかしてみた?」
「あー…。なんか春に進路希望書出したらその日に担任に呼び出された」
「何言われたの?」
「進学希望になってるけど、間違いかって。俺さ、一応少しは成績上がってきてんだぜ?ひでえよな」
 同意しつつも笑ってしまう。確かに先生にしてみれば、テストも真面目に受けていなかった篠井が進学するなんて青天の霹靂かもしれない。
 篠井の皿をみると、篠井はもうほとんど食べ終わっていた。食欲がなくて痩せたのかとも思ったがそうでもないようだ。少し安心した。
 俺も冷めないうちにと皿に残ったうどんを食べていると、篠井がためらうように言った。
「あのさー…」
 それきり口ごもる篠井に続きを促すと、篠井はどこか遠慮したように言った。
「俺、東京行ったら亮くんちのそばに住んでもいい?」
「俺んち?あのあたりって学生が住むようなとこあるのかな…。じゃあ、今度から近所の不動産屋のチラシとか気をつけて見といてやるよ」
「そうじゃねえよ。どこまでぼけてんだよ。亮くん卒業したら一人暮らしだろ?だから、その近所にさー……やだ?」
 俺の顔色を探るように上目遣いでみられて、胸が鳴った。そのままあがっていきそうな心拍数を誤魔化すために俺は篠井がしていたように、皿のうどんを箸でかき集める。
「いいよ。…っていうか俺も篠井が東京に出て来るならそうしたいなって思ってたんだ。俺も親元はなれるのちょっと不安だしさ」
 何より篠井のそばにいたいし、という言葉はさすがに口にするのが恥ずかしくて飲み込んだ。
 これが友達同士なら何ら感じるところがない会話のはずで、こんなに短いやりとりに動揺したり言葉を選んでしまったりするのは、やはり自分は篠井が特別な意味で好きなんだと実感する。
「まじで?すっげえ嬉しい。俺さー、そうなったら時々亮くんちに飯つくりに行ってやるよ。買い物袋提げてドアの前でずーっと待ち伏せしてさ、亮くんが帰ってきたら、来ちゃった…とか言って」
「ちょっと怖いよ、それ」
 俺が言うと、篠井は笑いながらベッドに寝転んだ。

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