[携帯モード] [URL送信]
2
 久しぶりに会った篠井は、少し痩せたようだった。
 ここのところずっと全国的に暑かったから、夏痩せしてしまったのだろうか。髪が少し長くなっていて、前髪が邪魔そうだ。
「なんで…?」
 呆然としたようにいう篠井に、俺は事情と経緯を説明した。両親と日帰りでこちらに遊びに来たこと。あまりに突然のことなので連絡を迷っていたが、一人の時間が出来たので篠井にメールを打っていたところだということ。
 篠井はそれを聞くと瞬きをしてから首を軽く振り、息をつきながら横に腰をおろした。
「あー、びっくりした」
「ごめん」
「俺、ほんと亮くんのことばっか考えてるからさ、とうとう頭か目がおかしくなったのかと思った」
 さらりと恥ずかしいことを言われ、俺はどう答えたらいいのかわからず口篭り、俯いた。
 とは言え、篠井の言葉は、普段の素っ気無いメールの不安をあっという間に吹き飛ばしてくれて、しかも嬉しいと思ってしまう自分自身もちょっと恥ずかしい。
「おばさんたちは?」
「あ、知り合いの家で高校野球みてる」
「そっか。亮くん、どのくらい時間あるの?」
 訊かれて考える。母とおばさんの話し足りないといった感じと、父が高校野球をみること、それに移動も考えると俺の自由時間は二時間ないくらいだろうか。そう答えると、今度は昼食は食べたのかと訊かれたので食べてないというと、篠井は笑って言った。
「ちょうど良かった。うちで食ってきなよ」
「え…」
 篠井の家に?
 行ってみたいと思うと同時に、ある人の存在が脳裏を過ぎった。
 会ったことも、見たこともないその人の名前は、俺の中に少しだけ複雑な感情を呼び起こす。いまだに自分が、彼女に会ってみたいのか会いたくないのかよくわからない。
 どう言ったらいいものか返事に迷う。
「えっと…」
「母ちゃん仕事中だし、姉ちゃんは旦那の実家に行ってるし、うち、誰もいないからさ。遠慮しなくていいよ」
 その言葉に内心安堵する。俺がじゃあと言い掛けるなり、篠井は勢いよく立ち上がって先に立って歩き出した。
 
 
 
 篠井の家は一階が店舗、二階からが居住スペースで、篠井の部屋は三階だそうだ。
 驚いたことに昼飯は篠井が作ってくれるらしく、座って待ってろといわれたが、それも申し訳ないので俺も手伝うことにして少し薄暗い台所に並んで立つ。
 にんじんの皮を剥く篠井の慣れた包丁さばきに見蕩れつつ、言われたとおりキャベツの葉を剥がしてから水で洗っていった。
「亮くん、料理できる?」
 にんじんを刻む篠井に聞かれて、チャーハンくらいならと答えると、フライパンを火にかけながら篠井は眉をあげた。
「へえ。作り方言ってみ」
「えーと、フライパンに油引いて熱くして」
「うん」
「そこに溶いた卵いれて、飯いれて、しばらくいためたら五目チャーハンの素を…」
 思い出しながら説明している途中で、篠井が吹き出した。そのまま肩を揺らして笑う。
「亮くん。気持ちはわかるけどさ、そんなの料理の内に入らねえよ」
「えー、でもフライパン使ってるしさ…」
 篠井は慣れた手つきで、次々に野菜を切っていく。長い指が器用に動くのを見るのは少し面白かった。
「篠井は料理できるんだ」
「ああ……」
 何か言いかけたものの、篠井は後を続けようとしなかった。でもだいたい想像はつく。たぶん遥に言われたから料理をするようになったんだろう。
 それを俺にそのまま言おうとしないのは、少し複雑だ。篠井に気を遣わせているようで。
 だけどもしも逆に、遥のことを以前のように何のためらいも無く口にされたとしたら、自分が何も感じずにいる自信もない。
 篠井とつきあっていく限り、折り合いをつけなければならないことなのに、そうできそうもない自分はあまりにも小さくて子供で嫌になる。
 思わず小さくため息をついてしまったのが聞こえたのか、篠井がこちらをちらりと見て、俺は慌てて言葉を探した。
 せっかく篠井といるのに、今すぐどうにかできるわけでもないことを考えに浸るなんてどうかしていた。
「…やっぱり、料理できるのってお母さん働いてるからかな」
「そうかもな。あと俺、バイトでも少しやってるからさ」
 言いながら篠井は、始めに切った人参をフライパンにいれた。じゅっと音を立てながら、人参に残った水分が湯気をたてる。
「亮くん、大学いったら一人暮らしなんだろ。そんなんじゃだめじゃん」
「だよな。…まあなんとかなるよ」
 話しているうちにも、篠井は手際よく具をいためていく。焼きそばと焼きうどんとどちらがいいか聞かれたので、任せるというと、うどんが三玉フライパンの中に入った。
 そうしてできあがったものを皿に取り分け、篠井はそのうちの一人分にラップをかけて電子レンジの中に入れた。
 きっと彼の母親のためだろう。
「亮くん、これ持ってきて」
 お茶のペットボトルとコップを渡され、うどんの乗った皿を持つ篠井の後に続いた。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!