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遙か 番外編
後編
 公園はビルと古い民家の狭間を埋めるかのように作られた、ずっと昔からあったかのような桜の大木と、大きめの遊具が一つと、あとはベンチが二つほどあるだけの小さなものだ。
 俺たちはそのベンチの一つに腰掛けた。暖かい日が続いたせいか桜はすっかり開いていて、ときおり花びらが舞ってくる。
 途中で自動販売機で買ってきたお茶を一口飲んでから、俺は再び意を決して切り出した。
「あの…」
「亮くん、手出して」
「……」
 またもやタイミング悪く被せるように言われ、しかたなく手を出す。篠井はポケットを探っていたので、てっきりガムでもくれるのかと手の平を上に差し出したのだが、それは間違いだったようで、そうじゃないと手の平を下に返された。篠井はいくつも金属の輪が連なったものをポケットから出し、その輪のうちのひとつを選ぶと俺の手の薬指に嵌めた。
「ちょっと大きいかな…」
「…え?な、なに?」
 指輪のサイズを測っているのだと見当はついたが、なぜ篠井がここでこんなことをしているのかわからなかった。そしてどうして篠井がそんなものを持っているのかも。
「んー…前約束した指輪さー」
 篠井の口から初めてその単語がでて、どきりとする。
 篠井は別の輪を選んで再び俺の指にそれを嵌める。それは節のところで引っかかって入らず、篠井は諦めたように輪を指から外すとまた別の輪を選びはじめた。
「指輪?」
「俺が作ろうかなと思って。俺、今彫金教室行ってるんだよね」
「彫金?」
「そう。金属曲げたり彫ったり磨いたりしてアクセサリー作るやつ。うちの店に来るお客さんが街で教室やっててさ、コネで安くしてもらってるんだ。……あ、これどう?きつい?」
 俺が首を横に振ると、篠井は携帯を出して何か打ち込む。
「夜になったら、もう一度測るから」
「意外だな。篠井がそういうのに興味あるなんて」
 俺が言うと、篠井は輪の束を再びポケットにしまいながら言った。
「だってさ、俺は全然いいけど、亮くん男同士で指輪買いに行くのとかけっこう気にしそうだからさ…。しかも俺のためにそういうの我慢とかしそうだしさ」
 それを聞いて驚いた。確かにそういうことを気にしないわけではなかったが、まあ、ある程度の覚悟は決めていた。恥ずかしいのはきっと買う瞬間だけだし、もしかしたら接してくれた店員の話の種にはなるかもしれないが、俺の知らないところで言われる分にはかまわないと自分の中ではすでに思い切っていたことだ。
 しかし、篠井がそこまで考えてくれているのが意外で、なんだか自分がすごく大切にされているようで嬉しかった。
「それにさ、指輪買ったら、それで約束が終っちゃうじゃん。…あ、もしかして亮くん、買いに行きたかった?だったら、そっちにする」
「いや、作ってもらった方が嬉しい…かな。…ありがと」
 照れつつも礼をいうと、篠井は安心したように笑った。
「俺さ、まだ全然下手だからさ、俺が納得行くやつが出来たらあげるから。それまで待ってて」
「うん」
 俺がうなずくと、篠井はどこか安心したように息を吐いた。
「良かった。…本当はさ、亮くんに会うまで不安だったんだ」
「不安?」
「亮くん、優しいから本当は俺に同情してるんじゃないかとか、東京で好きな子できて俺に言いだせずにいるんじゃないかとかさ、やっぱ離れてるといろいろ考えちゃってさ」 
 篠井が自分と同じような不安を抱えていたことに俺はただ驚いた。そして、俺が大事にしたいと思うのも好きだと思うのも、篠井だけなのに何を言っているのかと少しだけ腹立たしく思う。
「そんなわけないだろ」
 俺が強く否定しても、篠井は何も言わずただ笑って俯いた。
 それが酷く寂しそうに見えて、そんな言葉では彼の不安を払拭できなかったことがわかったが、情けないことに俺は何も考え付かず、それ以上どうすることもできない。
「亮くんてさ…」
「うん、何?」
 篠井の呼びかけに俺は飛びつくように答えた。しかし篠井の発した言葉に固まった。
「俺に好きとかって直接言ったことないよな」
 それは事実だ。12月に引っ越してから、篠井とはまったく顔をあわせることはなかったから、直接想いを告げることは確かにしていない。
「…いままで会えなかったんだから当たり前だろ」
 そう告げると、篠井はただ黙って俺をじっとみた。その視線から何かを期待されていることは痛いほど伝わって来たが、こんなに見つめられた上に改まっていうのはどうにも面映い。
 風に舞う桜の花びらに誘われたふりをして目をそらしてみても、残念ながら篠井の視線は俺から外れることはなかった。
「あ、そ、そうだ。あの指輪は返さないとな。家にあるから後で」
 根負けしそうになって話を逸らすように言うと、篠井は不満そうに口をとがらせた。しかしすぐに諦めたのか、ため息をついてベンチの背にもたれかかる。
 それを見て、悪いことをしたかと胸が痛んだ。だけど、あの用意されたかのような状況で言うのは、やはりどうにも照れが勝る。
「んー。あれはあれでお守りになるみたいだから持ってて。それより指輪さ、二つ作るから、亮くん裏に彫る文字考えてよ。イニシャルは入れるつもりだからそれ以外で」
「名前以外?…アイラブユーとかそんな感じの奴?」
 そう言うと篠井は一瞬口を噤んだ後、顔を赤くしてにやけながら呟いた。
「英語、……かあ…」
 特に何も考えずに例えで出した言葉だったが、篠井があまりにも嬉しそうなのでそれは黙っておくことにした。
 
 
 篠井の「納得のいくもの」が出来上がるまで、あとどのくらいなのかいつになるかもわからないけど。
 篠井が俺のこんな言葉でここまで喜ぶのなら、約束が果たされるその日まで、盛大に襲ってくる照れと戦ってみるのも悪くないかもしれないと彼の緩みきった幸せそうな顔を見て思う。
 とりあえず今夜自分の部屋で日本語で告げてみようと、舞い散る桜の中、俺は心の中で密かに誓った。
 

おわり

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あきゅろす。
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