[携帯モード] [URL送信]

遙か 番外編
中編
 一度俺の自宅のマンションに戻って母に篠井家からのお土産を渡し荷物を置いた後、俺の学校へ向かう地下鉄に乗った。
 俺の学校は俺の家の最寄り駅から地下鉄で20分ほど行ったところにある私立だ。
 電車は中途半端な時間のせいか空いていた。並んで腰をおろすと、電車の中なんてどこも変わらないだろうに、篠井はもの珍しそうに車内を見回す。相変わらず、どこか子供のような奴だ。
 それにしても、いつも使っている地下鉄に篠井が乗ってるなんて、なんだか不思議な気分だ。手の届かなかった存在が突然日常の中に姿を現したような、そんな感じがする。
 電車を降りてから、俺の学校へ続くゆるやかな坂を上った。
 途中にあるコンビニの前を通ったときに、篠井にいつもそこを使っているのかときかれたので、学校周辺のコンビニに行くのは禁止されているというと篠井は目を丸くした。
「ええ?!みんなそれ守ってんの?校則?」
「校則じゃないみたいだけど、そう指導されてるっていうか…。あ、ここだよ、学校」
 校庭を囲む塀にさしかかり、俺は指でそちらを指し示した。もう春休みだから誰もいないだろうと思っていたが、校庭からはどこかの部の練習の声がする。
「あ、あれ制服?」
 そう言って篠井が指差したのは、ちょっと先にある校門に入っていく、多分部活をしにきた生徒だ。
「そう」
「へー…。あ、そうだ。亮くん後で着てみせて」
 篠井の妙な頼みに戸惑ったとき、前から見知った顔がやって来た。同じクラスの女の子だ。
 これから練習なのかラケットのケースを肩にかけている。俺の姿を見つけると校門には入らずに小走りに駆け寄ってきた。
「おはよ。どうしたの?忘れ物?」
「んー、ちょっとね。部活?」
「そう。今日外練だから暖かくて良かったよ」
 話しながら彼女の視線は、ちらちらと俺から外された。はにかんだ様な表情と髪の毛を整えるように梳く仕種に、俺は彼女が篠井の存在を気にしているのだと気づく。
「あ、あの……えーと」
 篠井のことをどう紹介したものかと迷う。友達ではないこともないがそう言ったら篠井の機嫌を損ねてしまうのではないかと口ごもると、俺に先んじて篠井が言った。
「あ、俺ね。斉藤の前の学校の友達。篠井っていうの。よろしくね」
 そう言って愛想よく笑う篠井に、彼女も気が緩んだのか自分の名前を告げる。
「どう?斉藤って学校で」
 まるで子どもを心配する母親のように篠井は尋ね、彼女は少し笑って首を傾げた。
「えー?どうって?」
「もてる?女の子に」
 いったい篠井は何を聞いているのか。どう考えても俺がもてるはずがない。
 しかし彼女はすべてにおいて意外な答えを返した。
「もてるってわけじゃないけど…一部には人気あるかも。…あ、でも斉藤くんって、彼女いるんでしょ?」
「え?!なんで?!」
 俺は驚きのあまりつい声をあげてしまった。しかし寝耳に水だ。特別に親しくしている女子もいないのに、なんでそんな話になっているのか。
 彼女はちょっとびっくりしたように目を見開いてから、どこか含みのある声で教えてくれた。
「ずっと前ねー、斉藤くんの財布の中に指輪入ってるの見たって子がいるんだよ。だから女子の間では斉藤くんには前の学校に彼女がいるってことになってるの」
 いつの間に見られたんだろう。覚えがない。
 引っ越したばかりのころは確かに遥の指輪を財布にいれて持ち歩いていたのだが、今は失くすと困ると思い直して家に置くようにしている。
 俺が返事せずにいると、篠井がのんびりした調子で言った。
「うん。斉藤、こっちに彼女いるからさ。浮気とかしないようにみんなで見張っててよ」
 彼女は笑って頷いた。その時、学校のチャイムが鳴り、彼女はそれに慌てたように俺たちに別れを告げ、ほとんど走るように校門の方へ引き返して行った
 門をくぐる前にこちらを振替って手を振る彼女に、こちらも手を振り返す。
 そして彼女の姿が見えなくなると、篠井はにやりと笑って俺をみた。
「亮くん、俺のこと紹介するとき困ってただろ」
「…いや…うん…」
 口ごもる俺に機嫌よくに篠井は言った。
「ああいう時はさ、表向き友達って言っといていいよ。間違いでもないし。それよりさ、ガッコの周り一周しよ」
 そう言って篠井はどこか浮かれた感じで歩きだし、俺もその後に続く。
 正直、指輪という単語が出た時に、篠井の記憶にあの約束が喚起されはしないかと期待しなかったといえば嘘になる。だけど篠井はそのことについては何も言わず、本当に忘れてしまったかのようだ。
 しかし、篠井のこの感じなら俺から言い出しても、悪いことにはならないかもしれない。
 早足で篠井に並んでから、俺はおずおずと切り出した。
「篠井…」
「桜咲いてる!やっぱ早いな、こっちは」
 その弾んだ声に顔を上げると、篠井は学校の少し先にある公園から道路にせり出すように咲いている桜を見ていた。
「亮くん、あそこ行ってみよ」
 そういう篠井に頷くことしかできず、俺はタイミングを逸してしまったことに心の中でため息を吐いた。

[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!