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遙か
7
 翌日、篠井はちゃんと図書室にやってきた。
 とりあえず篠井の学力を知ろうと思い、中間テストの答案用紙を持ってきてもらったのだが、俺はそれをみて唖然とした。
 恐るべきことに日本語が書いてあるのは名前だけで、選択問題の回答しかしていない。それもおそらく問題文を読んで回答しているのではなく、当てずっぽうだ。ABCDABCDと規則的に並んだ解答欄のアルファベットがそう告げている。
 まいった、これではなんの参考にもならない。
 なんとも言えず黙っていると、篠井が顔を赤くして言った。
「なんだよ、何か言えよ。言っとくけどそれ適当にやったんだからな」
「本気でやった上での結果が見たかったんだけど」
 適当にやったものでは、25と書かれた点数はなんの指標にもならない。せいぜい篠井の運のよさのバロメーターだ。
「…それなら、0点だよ。ぜんぜんわかんねぇもん」
 篠井は口を尖らせて不貞腐れたように言った。そういう表情をすると篠井は途端に幼い印象になって、どうにも扱いに困る。なんていうか小さな子を相手にしているようで。
「とりあえずさ、授業聞くところから始めれば?」
「授業なんて先公が黒板になんか書いてるだけじゃん」
 俺は黙った。篠井の言うとおり、この学校の授業は教師がずっと板書しているだけで、後はなにかぼそぼそと説明らしきことをしているだけのものだった。まあ、聞くほうがあの状態なら、そうならざるを得ないだろうとは思う。それとも先生たちがそんな風だから、クラスがあんな状態になったのだろうか。
「でもさ、たぶんノートとるだけでも違うと思うよ。手を動かすと脳にいいらしいし」
「ふうん」
 篠井は納得したのかしないのか、気の乗らないような返事をよこした。
 てっきり彼の向学心を萎えさせてしまったかと思ったが、篠井はしばらく自分の答案用紙をつまらなさそうに眺めて、やがてぽつりと言った。
「まー、それはそれとして。中学1年からやりなおした方がいいのかな。俺、授業とかさぼりだしたのって、そのあたりだから」
「あ、そうだね。それいいかも」
 俺が賛成すると、篠井は途端に得意そうな笑顔になった。
 反応が素直でほんとうに子供みたいな奴だ。こういってはなんだが、ちょっと可愛いといえなくもない。
「あ、でも俺中学の教科書なんて持ってない」
「俺もってるから貸してあげるよ」
 俺の母親は教科書は捨てるべきものではないという主義を持っていて、俺が今まで使った教科書はずっととっといてある。もしも役立ててもらえるなら、引越しの度に面倒な思いをしてきた甲斐があるというものだ。
 俺の言葉に篠井は嬉しそうに笑い、その表情をみて俺の心もなんだか明るくなった。
 

 内心どうせすぐ厭きるだろうとたかをくくっていた篠井の向学心は衰えをみせなかった。
 彼は授業中は周りの奴らとしゃべりながらもノートをとるようになり、はじめ篠井の周りの奴らは面食らっていたようだが、やがてすぐに慣れたようだった。
 篠井は彼女のことは俺以外の奴には隠しているようで、周りの奴らとの会話にそれらしきことは出てきてはおらず、俺しか篠井の彼女の存在を知らないんだと思うと優越感のようなものを感じないでもなかった。しかしそれは成り行き上俺に話したにすぎないんだと、勘違いしそうな自分にひたすら言い聞かせた。
 篠井は週に3日夜にアルバイトをしているそうで、その日以外は図書室が閉まる時間まで一緒に勉強した。篠井と勉強することになってから、俺の生活はちょっとした変化をみせた。
 俺が電車で通っているというと篠井は駅までバイクの後ろに乗せて行ってくれるようになり、次に俺の家の場所を知ると家のそばまで送ってくれるようになった。
 俺と篠井の家は比較的近く、しかも俺の家はちょうど篠井の通学路の途中だったから、それを遠慮する理由は俺にはなかった。
 時々は帰りに国道沿いのコンビニで買い食いをしたり、異常に安いラーメン屋に連れて行ってもらったり、本屋のはしごをしたり、友達とするような普通のことをこの土地ではじめてした。
 それは転校してきてからずっと一人だった俺には、懐かしいようなくすぐったいような不思議な気持ちを呼び起こした。
 
 もうひとつだけ変わったことがある。
 篠井にやる前は捨てていた漫画を、俺は家に持ち帰るようになった。
 週に一冊のペースで増えていく雑誌は本棚のスペースを相当とったが、篠井が読んでいない雑誌を俺はどうしてか捨てる気にはならなかった。

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あきゅろす。
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