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遙か
2
 探検がてら、駅から遠回りをして家に帰ることにした。
 田植えを済ませたばかりの田んぼの中を通る舗道を、これから先の自分の身の振り方を考えつつ歩く。
 鳥の声が遠く響いて、左右に広がる水田は夕方の空を映す。途中、手押し車を押した知らないおばあちゃんにすれ違いざまに挨拶されて、慌てて俺も挨拶を返した。
 この土地の人の純朴さを目の当たりにした気がして、俺はため息をつく。
 あの学校は異空間だ。
 結局、授業が始まってもあの調子で、それどころか昼を過ぎるとクラスの半分近くの人間が帰っていった。自主休講という奴だろう。
 俺が自己紹介したとき教壇の方をちゃんと向いていた二人は比較的真面目な生徒のように思えたので話しかけてみたが、携帯をいじっていた方はなんと今日で学校を辞めることになっているそうで、漫画を読んでいた方は返事すらしてくれなかった。
 もうあの学校で友達を作ることは諦めた方がいいのかもしれない。
 潔く孤独を選ぼう。
 思い切り深呼吸すると胸の中のもやもやしたものが一緒に吐き出されたような気がして、幾分か気が楽になった。
 友達ができないならできないでそれでいい。不良と呼ばれる奴らは仲間内でつるむのが主でこちらが気にするほどには他人を意識していないだろうから、目をつけられさえしなければそれでよしということにしよう。どのみち父親は転勤族だからまたすぐ転校するかもしれないし、それくらいの気持ちで構えていたほうがいい。
 最悪、目をつけられたとしても、その時は親に事情を話せば転校を含め何かしら対策はとってくれるだろうし、あまり悲観的になってグダグダ悩まないほうがいいかもしれない。過ぎる臆病な態度がかえって目をひいてしまうことだってある。
 
 そんなことを考えながら歩いていたら道に迷ってしまい、俺は母親に車で迎えに来てもらう羽目になった。
 
 
 すぐに俺はクラスでは目立たない空気のような存在になることに成功した。
 あの金髪が「篠井」だということを、嫌でも耳に入ってくる会話ですぐに知った。第一印象の通りに彼はずいぶん人望があるらしく常に人に囲まれていて、王子様のような容貌を裏切って実に良くしゃべる奴だった。
 そんな目立つ奴の後ろの席という最悪なロケーションだったわけだが、俺は空気になったおかげで、絡まれるどころか話しかけられることもなく平穏に過ごしていた。
 ところが、ある朝のことだった。
 俺は通学の途中に国道沿いにあるコンビニで買って来た漫画雑誌を自分の席で読んでいた。行きの電車で既にあらかた読み終わっていたが、話す友達もいないので授業が始まるまでの暇つぶしだ。
 なんとなく「学校に友達のいない自分」という図に妙な後ろめたさのようなものはあったが、友達はいないならいないでかなり気楽なことも確かだった。こうして空いた時間に好きに漫画を読めるし、誰かを待ったり待たせたりということをしないでいいというのは、ちょっと得がたい解放感だ。前の学校の友達とはメールで頻繁にやりとりしているから、今のところ孤独感もそれほどは無い。
 あまりに周りの柄が悪すぎるいうことを除けば、それほど悪くもない高校生活だとすら思いはじめていた。
「ねえ」
 気に入っている連載漫画の表紙にいきあたったところで声がした。はじめは自分へのものだとは思いもせず、俺はページを捲る手をとめることすらしなかった。
「ねー、斉藤」
 名字を呼ばれてはじめて自分が呼ばれていることに気づき顔をあげると、篠井がだらしなく片肘を椅子の背についてこちらをみていた。
 金茶色の長めの髪に耳に複数のピアスというかなり軟派な外見なのに、大またを開いて椅子に座るその姿勢は少し威圧的だ。背が高いせいだろうか。
 ふと気づけばいつもは騒がしい周囲が静まりかえっていた。

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